「救急車を呼んでください」と訴えたが...
このとき、勇樹さんが小学生に絞め技をしたと指導者が思ったのは、理由があった。小学生に絞め技をしたと言ってきたのは、女子小学生だった。勇樹さんは当時、初心者。柔道場には20人の子どもがいたが、中学生は3人だけ。女子小学生からすれば、いじめの格好のターゲットになっていた。無視され、バイキン扱いもされた。そのため、一時的に道場に行かなくなることがあった。ただし、この当時、勇樹さんも実力をつけて、いじめに対して、柔道の技で対抗をした。こうした背景について、指導者の男性は聞き取りもしなかった。
勇樹さんは全身がしびれ、頭痛がし、息ができず、話もできない。水筒の蓋も開けられない状態になった。練習が続けられず、休憩した。休んでいる姿を見つけた指導者の男性は「誰に断って休んでいるんだ」と言い、別の指導者も「こんなの大丈夫」「そんな演技をしているんだったら学校に言いつけてやる」と怒鳴りつけた。そんな状態で、その別の指導者は、ランニングを指導したが、勇樹さんはゆっくり歩いていた。勇樹さんは「救急車を呼んでください」と訴えたが、無視された。
勇樹さんは以前の筆者の取材に「指導で絞められた経験はありますが、落とされたのは初めて。直後は泣いていました。怖かったし、何が起きたのかわからないでいました。誰も助けにきてくれない。“なんで落とされたのか”など、いろんな思いが混ざっていました。怖かったと思いましたし、理不尽だとも思いました」と答えていた。
「最高裁で、指導者の違法性が確定しても、全柔連は動かない」
帰宅後、正雄さんは異変に気がついた。そのため、市立急患診療センターに連れて行くと、脳神経外科の受診を勧められ、受診すると「血管迷走神経性失神および前頸部擦過傷」と診断された。さらに午後4時ごろ、別の脳神経外科クリニックへ行くと、手がコの字になっていたことをあげて、医師は「過度のストレスによるもの。すごく怖い体験をしたはずだ」と指摘した。
こうした指導者の行為に対して、勇樹さんと父親の正雄さんは、14年11月、福岡県柔道協会に相談。12月には全柔連のコンプライアンスホットラインに通報していた。また、同時並行で、翌15年2月、勇樹さんと正雄さんが原告となり、指導者の男性に対して損害賠償を求めて提訴した。福岡地裁、福岡高裁ともに原告が勝訴。被告が最高裁に上告したものの、18年6月、上告申立てを不受理。最高裁は「指導者の行為」について「行き過ぎ」であり、違法であると認めた。
「なかなか一中学生が裁判を起こせるものではない。それに、最高裁で、指導者の違法性が確定しても、全柔連は動かない」(代理人)
この判決を受けて、勇樹さんと正雄さんは、全柔連のコンプライアンスホットラインに相談をしたが、全柔連は福岡県柔道協会に調査を依頼し、「問題はない」と判断していた。この調査方法をめぐって、二人は全柔連に対して、慰謝料として330万円の請求をしていた。「(通報は)福岡県柔道協会の対応をめぐるもの。にもかかわらず、全柔連が当の協会に丸投げをしたのがおかしい」(代理人)。