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 40代後半の筆者にとって、麦と絹が“好きなもの”の多くにピンとこない。だけど、自分も早稲田松竹で映画を観てきたし、『ゴールデンカムイ』も途中で離脱したが読んではいた。そんな風に、「好き」や「詳しい」の度合い、世代ごとの捉え方の違いといった、観る者のカルチャーに対するグラデーションを排除していないサブもメインも絶妙な配分で交えたラインナップになっているのだ。たとえ劇中に出てくるアレコレすべてを知らなくとも、ふたりが市川春子『宝石の国』をベッドに寝転んで読むシーンに「当時の彼女と一緒に『スラムダンク』を読んだな」とか、ふたりがカラオケ屋で「クロノスタシス」を熱唱するシーンに「当時の彼氏と『LOVEマシーン』を歌ったな」とか、かつて体験したシチュエーションに重ねて観てしまうはずだ。

とにもかくにも誰かと感想を語り合い、討論したくなる

©2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

 第4の理由は、とにもかくにも語りたくなるから。

 これに尽きると思う。観終わった途端に、自分の経験などを踏まえて誰かと感想を語り合い、討論したくなってたまらなくなるのだ。「好きなものが一緒のカップルより、嫌いなものが一緒のカップルのほうが長続きするんじゃないのか?」「麦と絹、どっちの仕事観が正しかったのか?」「麦みたいに、ダメになりかけると結婚を持ち出してくる男ってどうなの?」「運命を感じるほど話が弾むからとはいえ、麦と絹のように明大前から調布パルコまで甲州街道を10.4km、2時間13分(Googleマップで計測)を喋りながら歩けるものなのか?」

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 ふたりが放つセリフ、浮かべる表情、眺める風景にウキウキし、ヒリヒリし、それらについて語りたい。その強い思いがツイッターをはじめとするSNSへとぶつけられ、口コミ的なものとして広まっているのだろう。すでに聖地巡礼をしている人のツイートも散見し、人気のレベルは次のフェーズに移っている気配が。

 実際、自分も“はな恋熱”が上がる一方だ。先日も友人から「新宿の紀伊國屋書店に劇中に出てくる本を並べた特設棚があった」とのLINEが入るや、「ちゃんと滝口悠生の『茄子の輝き』はあった?」「『たべるのがおそい』は全冊揃っていたか?」「前田裕二の『人生の勝算』は並んでいたか?」と即レス&プチ詰問してしまった。

 いずれにせよ、ここまでのマインドになれる映画は最近そうそうなかった。

INFORMATION

『花束みたいな恋をした』
1月29日(金)より全国公開中
配給:東京テアトル、リトルモア
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
出演:菅田将暉 有村架純/清原果耶 細田佳央太/オダギリジョー/戸田恵子 岩松了 小林薫 他 
https://hana-koi.jp/