空港で待ち構えていた特捜検事
逮捕された常務について、8日夜にはこう言った。
〈あいつには責任がない。僕が出て、あいつを早く帰さないとかわいそうだ〉(同前)
その言葉どおり12日、水谷はパリからマカオに立ち寄って韓国の仁川空港に向かう。驚いたことに、パリからの帰国途中、ソウルのカジノ、ウォーカーヒルに立ち寄ったという。そうしてようやく、全日空機で金浦空港から羽田空港に向かった。
羽田空港で水谷を迎えたのは、拡張された現在の真新しい国際線ターミナルビルではない。以前、空港敷地のなかの隅にぽつりとあった、古くて小さな国際線用ターミナルだ。水谷がそこにあらわれたところを、待ち構えていた10人の東京地検の特捜検事や係官がとり囲んだ。逮捕状を突きつけられ、そのまま身柄を拘束された。
直接の逮捕容疑は、前述した11億4千万円の脱税だ。しかし地検の本当の狙いは、彼が深くかかわる複雑な政界利権の解明である。福島県知事汚職は、あくまでその捜査の一端だと見られていた。
大工事にからむ知事の汚職
水谷の逮捕から2カ月後の9月25日、特捜部は縫製会社「郡山三東スーツ」社長の佐藤祐二ら3人を逮捕する。祐二は福島県知事の実弟であり、逮捕容疑は福島県発注の流域下水道整備工事をめぐる競売入札妨害だ。不正な受注調整、ゼネコン業界でいうところの談合の摘発である。
捜査の過程で特捜部が着目したのは、郡山三東スーツが所有していた郡山市内の土地取引だった。土地を所有する郡山三東スーツは、いわば佐藤家の家業であり、祐二の兄である県知事の佐藤栄佐久も、02年まで重役に名を連ねていた会社だ。特捜部はそこに、水谷建設や前田建設との不正な取引があったと見た。
事実、不正取引は01年、郡山三東スーツが土地を担保に、前田建設グループから4億円の融資を受けていたことから始まっている。翌02年8月、水谷建設がくだんの土地を8億7千万円で買いあげ、実弟はその売却益を原資に前田建設に融資を返済した。おまけにその翌03年になると、水谷建設は購入代金そのものにも1億円上乗せした。合計すると、水谷側から郡山三東スーツサイドに渡ったのは、9億7千万円にのぼった。
そんな経緯から地検は、この土地買い取りそのものが、水谷建設による知事側への賄賂にあたるのではないか、として捜査に乗り出す。賄賂の見返りとして知事が県内の木戸ダム発注工事を前田建設のJV(編集部注:建設業における共同企業体)に受注させ、裏金工作を担った水谷が下請け工事に加わったのではないか。前田建設JVの工事落札額206億円という大工事にからむ知事の汚職事件。それが特捜部の描いた事件の筋書きだった。