一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)

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13年ぶりの疑獄捜査

 2005(平成17)年12月13日、東京地検特捜部の検事たちが、三重県桑名市を訪れた。水谷建設本社をはじめ、水谷功の自宅を家宅捜索する――。特捜部が目をつけたのが、福島第二原発の残土処理事業の一環として、建設した小高研修センターである。

 当初の家宅捜索の容疑は詐欺だった。水谷の経営する日起建設が、政府の独立行政法人「雇用・能力開発機構」から建設教育訓練助成金を騙し取ったという容疑だ。重機を扱う水谷建設では、ブルドーザーやパワーショベルなどの従業員に対する操縦訓練が欠かせない。その技術研修のため、国が研修所建設や備品などにかかった半分の金額を助成する制度があり、水谷建設は1億5千万円の補助金を不正に受給したとして、関連先をガサ入れされたのである。

 名古屋国税局から東京地検に提供された水谷建設の経理資料をもとに家宅捜索がおこなわれた。だが、捜査の目的は別のところにあった。地検特捜部がこの先、東電がらみの不明朗なリベートをはじめとした原発利権の暗部に切り込む。もっぱらそう囁かれた。

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 そんな小高研修センターがらみの家宅捜索からおよそ半年後の06年7月8日、東京地検特捜部は捜査容疑を詐欺から脱税に切り換えた。その手はじめに水谷建設の元経理担当常務、中村重幸を逮捕する。容疑は法人税法違反だ。脱税対象になったのは03年と04年の2年で、水谷建設は38億1千万円の所得を隠し、実に11億4千万円の課税を逃れていた事実が判明する。続いて特捜部は隠した40億円近い所得のうち、水谷功が20億円を裏金として使っていたと睨んだ。裏金の運び役として浮上した下請け業者を逮捕し、水谷建設の政官界工作について徹底追及する構えを見せた。

「金丸信の脱税事件以来、13年ぶりの大がかりな疑獄捜査」

 東京地検の捜査はそう呼ばれ、捜査対象は広範囲に及んだ。特捜検事たちは水谷建設の頭文字をとり、「Mファイル」と名付けられた捜査チャートを作成し、一大疑獄事件の摘発へ、世間の期待が高まっていった。

同時多発的に展開した政官界工作

 この時期の水谷建設による政官界工作は、同時多発的に日本全国で展開されている。そのため東京地検は特捜部だけでは人員が足りず、国税局や警察の手を借り、捜査に乗り出した。Mファイルの捜査材料は、その地域ごとに「福島ルート」や「北海道ルート」、「九州ルート」、「三重ルート」といった具合に分けられ、なかには「北朝鮮の国交回復」にからんだ「北朝鮮利権ルート」もあった。

 このうち福島ルートと呼ばれた福島県知事の汚職は、特捜部として最もやりやすい事件だと見ていたのかもしれない。本格捜査に着手したのち、いち早く立件された。水谷建設の経理担当常務たちの逮捕と同時に、知事の佐藤栄佐久の実弟が経営していた「郡山三東スーツ」をはじめ、関係先を一斉捜索している。