一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の2回目/前編を読む)
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きれいごとでは済まへんのや
「こういう業界におりますと、やはりやくざや裏社会の人たちとの接点もあります。現実に、命を狙われた経験もあります」
福島県知事汚職の端緒になった脱税事件の公判で水谷功は、代理人弁護士の質問にこう答え、涙した場面があった。水谷は政官界の狭間を泳いできただけではない。裏社会とも密接な関係を保ってきた。
「きれいごとでは済まへんのや。仕事をスムーズに運ぶためにはね。必要な部分もあるんです」
私にも、何度かこう話した。実際、当人には強烈な体験もある。公判で話した強烈な体験談は、まさに急成長を遂げた水谷が、東北に打って出ようとしていたそんな矢先の出来事だ。
「ほんと、あのときは参りましたよ。何にもわけがわからないのに、とにかく相手にチョコレートとネクタイを持って挨拶に行ってくれ、ですからね。でも、まさかあんな目にあうなんてね。ほら、この日です」
「チョコレートを持って様子を見てきてくれんか」
トラブルに巻き込まれた水谷建設の取引企業の女社長がそう言いながら、数枚の領収書のコピーを持ち出してきた。一つはJR品川駅で発行された新幹線の領収書、桑名市内にあるビジネスホテルの支払い明細やタクシーのレシートもある。領収書の日付はいずれも2005年2月15日となっている。JRの領収書には1万4270円と記されているから、通常の品川―名古屋間の新幹線指定料金ではない。グリーン車のチケット料金だろう。女性社長の言葉どおり、日付はバレンタインデーの翌日だ。
「チョコレートを持って様子を見てきてくれんか」
彼女は水谷功からそう指示された。だが、バレンタインデー・プレゼントどころの話ではなかった。
女社長は水谷に指定された事務所にタクシーで向かい、その玄関ドアを開けた。桑名市内のオフィスだ。ところが部屋のなかは薄暗くて静まり返り、人の気配がしない。仕方なくそのまま目を凝らしてよく見ると、事務所の奥に男がいた。2月6日に64回目の誕生日を迎えたばかりのその男、北条敏行(仮名)は、ひと目で暴力団組員だとわかる。年齢よりずっと若く見え、精悍な空気を放っている。その北条の鋭い視線が、彼女の身体を貫いた。