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2021/02/22

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

 彼女はこのあとすぐに水谷建設の経理担当役員に相談し、ひとまず北条へ1千万円を支払った。あとの金は交渉次第、ということでいったん折り合いをつけたという。だが、それでは北条の腹の虫がおさまらなかったのだろう。執念深く水谷建設に迫った。

「この年(05年)の3月はじめには、水谷会長の還暦祝いを開く予定でした。そんなところにヤクザに乗り込んで来られては大変だ、と社内は大慌てでした。とくに川村尚社長が真っ青になっていました。やがて『奴はまだ水谷を殺すと言っているんです。なんとかなりませんか』と川村社長から私に電話が入るようになりました。それで私がまたしても交渉役になって、還暦祝いまで、と北条に『あとの金は3カ月くらい待ってほしい』と頼んで時間稼ぎをしていました」(同前)

 こうして3月の還暦祝いが無事済んだ。しかし、北条本人は3カ月の我慢ができなかったのかもしれない。そこから事件が起きた。

金属音のような甲高い銃声

 5月23日朝8時過ぎのことだという。いかにも暴力団風の男が、とつぜん水谷建設本社にあらわれた。男は受付を横切り、役員応接室にずかずかと入り込んだ。応接室のソファーにどっかと腰掛け、そのまま動こうとしない。社内がてんやわんやになったのは、想像に難くない。やむなく、水谷功本人が総務の担当社員を連れ、役員応接室のドアをあけた。向き合ったとたん、北条が血相を変えてまくしたてた。

©iStock.com

「こら、いつまで待たせるんじゃ」

 そう言うなり、腰かけた水谷の足元をめがけ、いきなり発砲した。手にしているのは小型のスミス&ウェッソンだ。

 パーン。金属音のような甲高い音が応接室だけでなく、社内に響き渡った。命中したのは靴からわずか3センチほどずれた床だ。弾はすんでのところで水谷の足から外れた。床に小さな穴があき、白い煙が立っている。すると、北条はもう一発、今度は天井に向けて発砲した。

頑として被害届を出さない水谷功

 水谷建設の1階フロアーの応接室すぐそばには、受付がある。銃声は受付の女性社員の鼓膜を揺らした。恐怖にひきつった顔の受付社員が、思わず目の前の電話をとり、110番しようとした。それを見た財務担当役員が、とっさに受付嬢から受話器を引きはがす。受話器を奪い、慌てて電話を切った。だが、警察の110番通報は、瞬時に逆探知できるよう設定してある。折り返し警察からかかって来た。

「何かありましたか」

 そう聞かれ、役員がしどろもどろになる。

「いや、何でもありません、間違いです」

 しかし、それでおさまるはずがなかった。

 そして水谷功らに対する暴力団員の脅迫は、刑事事件に発展した。発砲事件の捜査は三重県警ではなく、警視庁が担当することになる。間もなく警視庁によって現場検証がおこなわれ、発砲の状況が明らかになる。

 しかし、水谷建設および水谷功はそれでもなお、頑として被害届を出さなかった。やはり報復が怖かったのだろう。そうして銃撃事件が不問に付されたのである。北条は恐喝と銃刀法違反容疑で逮捕され、服役した。

 水谷建設が発砲事件を伏せたのは、報復や世間体を気にしたせいだけではない。裏社会との蜜月に慣れているからだ。建設業界とアングラ勢力との腐れ縁は、そう簡単には断ち切れない。これ以上揉めないよう、手打ちしたつもりだろう。北条の逮捕後、水谷建設はその息子へ3800万円も支払ったという。

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