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「鳩山さんも小沢さんも虚偽やんか」政界を震撼させた裏金問題をめぐる“平成の政商”の告白

『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より #3

2021/02/01

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

 中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げていたのか。ノンフィクションライター森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』を引用し、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)

◇◇◇

始動――東京地検特捜部「裏金捜査」の端緒

 水谷建設元会長の水谷功が、三重県の県庁所在地にある刑務所をあとにしたのは、小沢一郎事務所に対する裏献金を告白してから、およそ半年後、2010(平成22)年3月のことである。この間、小沢はみずからの秘書たちが政治資金規正法違反に問われて次々と逮捕され、政治家としての足元が危うくなるが、東京地検は本丸の立件を見送っていた。政治とカネ問題の解明を期待された特捜部の捜査は急速にしぼんだ。

 そして小沢が嫌疑不十分で不起訴になってからおよそ2カ月後、平成の政商と呼ばれた男が、再びゼネコンの世界に舞い戻る。水谷がつけた疑惑の炎は、消えてはいなかった。

 水谷は出所後の挨拶まわりを兼ね、三重と東京を往復していた。私が初めて本人と会ったのは、そんなときである。平成の政商は、非常に多忙な様子だった。

「ああ、あんたが森功さんかいな。刑務所のなかであんたの本を読んどったわ」

 名刺を受け取るなり、そう言う。事前に津の刑務所にいる本人宛に、近著の『同和と銀行─三菱東京UFJ“汚れ役”の黒い回顧録』を差し入れていたので、読んでくれていたのだろう。おかげで、すぐに打ち解けることができた。

©iStock.com

「刑務所は、ダイエットできるわ」

 水谷功は以前に比べ、体重が10キロ以上落ちたと笑った。そういえば、報道で見た写真とは別人のようだ。2年近い刑務所生活のせいで、ずい分スマートになっている。たが、それでもかなり恰幅がいい。押し出しが強く、桑名なまりの独特な声には、妙な迫力があった。

「鳩山(由紀夫)さんの問題でも、小沢(一郎)さんの問題でも、もうちょっとあれやわな。わしらには、理解できんことが多いわな」

 話題は、いきなり政治とカネになった。

芝居がかった明け透けな物言い

「たぶん、われわれのほうが、もっと理解できていないと思います。どうなっているでしょうかね」

 そう相槌を打つと、水谷は話した。

「たとえば鳩山さんの政治資金報告でもな、あれはあきらかな虚偽やんか。わしらなら刑務所へ行かな、ならん。でも、あの人らなら、『知らなんだ』でええわけやろ。小沢さんにしても、そうやんか。銀行の書類に本人がサインしとってやで、『わしは知らなんだ』やろ?」

 みずからの裏献金告白が、小沢サイドにより、偽証呼ばわりされていることを気にしているようだ。

「知らなんだて、そんならこれ、偽造書類やないか。そういうことをあんたらは、よう追及せんのやね」

 ずい分ストレートに話す。明け透けな物言いが印象的だった。

「いやいや、おっしゃるとおりです、それは。だからこうして、水谷さんから本当のところをお聞きしたいと思いましてね」

 そう言葉を返すと、さらに言った。

「それで、われわれみたいな弱いもんを追及しとったら、アカンわな、あんたら。あなた方は権力者に立ち向かわなアカンわな」

 かなり芝居がかった物言いでもある。だが、平成の政商と異名をとる男は、世間でいわれるほどの嘘つきではない気がした。