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1ヶ月に10着買っていたインフルエンサーが年に2、3着しか買わなくなった訳

2021/02/27

 エシカル消費からサステナブルな暮らし・働き方まで、そのライフスタイルと同時代への鋭い視点がSNSで注目を集めるアメリカ在住の文筆家・塩谷舞さん。もともとは「エコ」が苦手で、ビジネスの前線で「バズライター」の異名をとるほどに数々の注目を集めてきたインフルエンサーの転換点とは? 初の著書『ここじゃない世界に行きたかった』を上梓した塩谷さんがライフヒストリーとともに伝える、“五感が喜ぶ”生活のヒント。

 

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アーティストの友人たちへのインタビューを掲載したら思わぬ反響が

――塩谷さんがインフルエンサーとして注目されるようになったきっかけは何ですか?

塩谷 もともとは大学卒業後、アートにまつわる情報発信がしたくてCINRAというクリエイティブカンパニーで働いていました。美大在学中に「SHAKE ART!」というフリーマガジンを創刊して、いろいろなアーティストに取材していたので、アートに強い先輩メディアで修業を積みたかったんです。2012年当時はニュースサイトがすごく盛り上がっていて、インターネットという戦場に夢がありましたから。

 でも入社する前に、「今後の伸びしろを考えたときに、いきなり記事制作をやっても小さくまとまってしまう、もっと広いビジネスの世界をみたほうがいい」と、社長からまずはWEBディレクターをやらないかと言われました。同僚がとなりでアーティスト取材をしているのを尻目に、大手クライアントの商品の特設サイトや人材募集のページを立ち上げるような仕事を大量にこなす日々。パンフレットとWEBが合っているか一文字一文字確認したり、サーバーが落ちないよう監視したりと、本当に寝る暇もないくらい忙しかった。

『ここじゃない世界に行きたかった』  文藝春秋

 感性を活かす仕事をしたくて入ったはずの世界で自分のアイデンティティがよく分からなくなってしまったさなか、休めばいいものを、何を血迷ったのか個人のブログを始めたんです。

 chiaki koharaさんとか、周りのものすごくエネルギーのあるアーティストの友人たちにインタビューをして掲載したら思わぬ反響がありました。そして4本目の投稿で、ネットでもよく話題になっていた「面白法人カヤック」の会社説明会に遊びにいったときのことを書いたら、それがバズったんです。