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20年越しのトライアウト。41歳の私は『チアドラゴンズ』に入ることが出来るのか

文春野球コラム ウィンターリーグ2021

2021/03/01
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マンションの集会室で繰り返し練習の日々

 決めてからは早い。動かねば。応募といってもプロフィールを送信するだけなら誰でも出来る。指定の動き3つを入れた1分以内の動画も添付するのだ。あの頃は応募用紙を封書で送り、通過者には振付を覚えるためのVHSが送られてきたのに。曲は自由、服装は身体のラインがわかるもの、フルネームを名乗ってから踊り始めるように、とある。足を高く振り上げ、ジャンプ、ターン。歩けばレゴを踏むようなリビングでは狭すぎる。スタジオじゃあるまいし鏡張りの壁もない。ガラス窓に薄っすら映した動きは無様だった。

 曲は? 瞬間的に頭に流れてきたのはサカナクションの「モス」だ。2020年、ついにプロ初ヒットを記録した根尾の登場曲だ。ボーカルの山口は大のドラゴンズファンとしても知られる。イントロの格好良さ、そこにバシッと動きを乗せたら目を惹く掴みになる……イメージと裏腹に身体は動いてはくれない。埋めなくてはならない振付は8カウント×10回分もある。息が上がる。気づけば真冬なのに窓を開け放しタンクトップ姿になっていた。とんでもないことを始めてしまったのかもしれない。セルフタイマーで撮った自分に(何やっているのだろう)と我に返る。フラついて何度も画面から外れ、全ての動きは確認できない。ただ、これでは箸にも棒にもかからないことは分かった。

 意を決し夫に撮影してほしいと頼む。「……受けるのは自由だけど、恥ずかしすぎる。無理だよ」と一蹴された。「そんなに根詰めてやることでもないだろ」。夫の意見はもっともで耳が痛い。やっぱりやめよう、と翻すのは簡単だ。でも、「ドラゴンズを応援する」この気持ちに殉じてやり切ろうと決めたのだ。

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 場所は……そうだ、マンションの集会室がある。取れる限りの予約を入れて、ひたすらイントロからの1分を流し続ける。「このポーズになったらここを押してね」と初めてマウスを触らせた娘に音出し役を頼む。何回繰り返したか分からない。次第に身体が動いていく。この感覚は久しぶりだ。きっかり59秒の動画が完成。踊るのは50秒が限界で熱意を込めたメッセージと深いお辞儀に9秒をかけた。送信ボタンを押したのは12月23日、締め切りの3時間前のことだった。

©あーる

新庄のメッセージを噛み締めながら

 合否のメールは12月25日から30日の間に全員に送られるとあるが、一向に来ない。もしかして、当落ギリギリのラインにいるのかも……と良い方に考えてみる。  

「もし、審査に通ったらどうする?」

「地元じゃないし選ばれるはずないだろ」。夫は端から冷静だ。

「ママは名古屋に行くの?」と息子。「テレビを見たら会えるから寂しくないよ」「それでも、いやだから、受からないといいな」。娘は「わたしは入れる?」。

 大掃除の手を止めながら、現実的には厳しいだろうと考えていた。言葉にしない方が良い、と思いを打ち消すように床を拭く。数日だけでも(もしかして……?)という希望が0%ではないのなら、味わおう。新庄がインスタグラムに上げていた「挑戦する楽しさを知ってほしい」というシンプルなメッセージを思い出していた。幾つも名言はあるけれど、リアルタイムで知ったこの言葉を噛み締めていた。

 もしあの時巨人のチアに受かっていたら。巨人ファンになって今ドラゴンズのファンではなかったかも。なら落ちて良かったのか。一番ダンスに真剣だったあの頃、出来ることならドラゴンズのファンでいたかった。そうだ、私は真剣だった。自意識過剰にもがきながら、ダンスが好きなのは本当だった。1分間踊り続けられなくても身体は思い出していた。もし、新庄が今年トライアウトを受けていなかったら。こんなに全身が痛かっただろうか。

 筋肉痛が消える間もなく帰省する。良く晴れた12月30日の昼下がり。実家近くの雑然としたモールでその時は来た。受信タイトルは「一次選考結果のお知らせ」。予想以上にドキッとしたことに驚く。1年準備していたわけでもあるまいし、そんなにも期待していたのか。嵐のようなここ数日を振り返って可笑しくなった。激安衣料品店の片隅でメールを開いてはいけない気がしてスマホをいったんカバンにしまう。

 家に戻り、庭ではしゃぐ子供たちの声が聞こえる中そっと画面に触れる。赤のハートが80個は並んでいるかという画面には『不合格』の文字。そうだろうな。そういえば、あの頃封書を開けて結果を確認したのもこの部屋だったかもしれない。なんとなく、気持ちがフッと軽くなった。

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