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「私に限ってですよ。清野さんと結婚できて一番ラッキーだったのは、イニシャルが変わらないんです。齋藤支靜加から清野支靜加なんで。私、自分のイニシャルがゾロ目なの大好きなんですよ。だから絶対苗字がサ行の人と結婚しようと思ってたんです。

 結婚して子供がいてはじめて一人前ですっていう時代じゃなくなった、そういう風潮になったと言われていますけど、それはまだ半々くらいだと思うんです。結婚して子供ができることで自分を保てる人もいるし、そうじゃない方向で生きていける人もいる。私は結婚してまだ子供がいない状態ですけど、別居婚によっていろんなことを言われて、意外と自分が新しい結婚の仕方を実現させてるんだなと気づけたのはよかった。

©倉繁利

 結婚って、自立していないとできないものだから。周りがしろとか、みんなしてるからしようと思うと逆に窮屈になる気がします。『時代が変わって、じゃああなたは変わる、変わらない?』っていうのが、私が結婚前に自分に投げかけた質問でした。で、『ちょっと変わる』ということでこの形に落ち着きました。私は自立しているから結婚したし、自立しているから別居婚だし、自立しているから新たにキンカジューを飼いました」

 もちろんこの一年、幸せなことばかりではなかった。慕っていた祖母、そして愛していたナマケモノと死別したのだ。

©倉繁利

落ち込むっていうのはおごりなのかな

「ナマケモノも海の向こうからはるばるやってきて、まさか私の家でこんなに早く――。私が飼育をちゃんとできなくて命を落としてしまったっていうことはつらかったです。ずっと反省して生きていかないといけないと思うけど、そこで落ち込むっていうのは、なんかちょっとおごりなのかなと。彼にとっての、とか、祖母にとっての一番の供養って、私が今ちゃんとしっかり生活することなんじゃないかなって思うんです。清野さんもそう言ってくれて、すごい救われましたね。悔いが残るお別れだし、さみしい気持ちはあったけれど、それ以上に日常をちゃんとしていないと、今度は本当に感染症とか、周囲のギスギス感でやられちゃいそうだったので、何とか立て直そう立て直そうと思って、ゆっくり暮らしてきたつもりです」