『奈緒と私の楽園』(藤田宜永 著)

 私は好きな相手ができると、何とか自分から口説こうとする。いわゆる「自分からいく」タイプの女だ。自然な流れでデートに誘い、家に呼び込むところまで成功すると、今度は一緒に風呂に入る。相手の反応は快く承諾する者もいれば、少しためらってからついてくる者、恥ずかしいのか断固拒否する者と様々。こちらも無理強いはせずついてきた者にだけ試すことがある。

 風呂のフチに自分が座り、相手と対面になり風呂用の椅子に座らせる。私は自分の腿の間に相手の顔を入れるように促す。予期せぬ指示に動揺する者も多いが、皆結局大人しく顔を埋める。私はシャワーをかけて、相手の頭を洗うのだ。太ももには隙間があるので、呼吸もできるし泡切れもよい。この行為は私を慕ってくれて、予期せぬ指示にも応じてくれた者だけに提供する。奈緒と達也の行為を知る過程のなかで、ふと私自身が相手に行っていることを思い出した。奈緒が胸と絵本で楽園を創っているとしたら、私は太ももとシャンプーで楽園を創っているのかもしれない……と。

 楽園は創っている時、創っている側が楽しいのだ。相手のことをあれこれ考え、こうしてあげたいああしてあげたいと思案する際、自分の思い描く「相手の反応」を想像してはニヤニヤとする。自分勝手にキモチイイ時間。まるで「一人でしている」ような状況……。このニヤニヤは楽園を実現させるまでのエネルギー源となる。この小説の奈緒も達也と出会った当初は子供のように甘えるこの先の達也を思い浮かべ、デートの帰り道ニヤニヤとしていたかもしれない。

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 しかし注意したい。楽園はあくまで創造主の所有物であり、大変自己中心的な世界だということを。今回の創造主は奈緒だった。達也はそこに招かれただけだった。間借りはできたが、永住はできなかったことになる。

「いつまでも、あると思うな親と金」に付け加えよう。「いつまでも、あると思うな親と金と、楽園」と。

ふじたよしなが/1950年福井県生まれ。95年『鋼鉄の騎士』で日本推理作家協会賞、99年『求愛』で島清恋愛文学賞、2001年『愛の領分』で直木賞受賞。近著に『亡者たちの切り札』『大雪物語』『罠に落ちろ』など。

だんみつ/1980年秋田県生まれ。作家、タレントとしてマルチに活躍。著書に『壇蜜歳時記』、『泣くなら、ひとり 壇蜜日記3』など。

奈緒と私の楽園

藤田 宜永(著)

文藝春秋
2017年3月24日 発売

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