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やっと小説が戦う場所になった

 遠くから、恐る恐るカメラが近づいてくる。そうだ、これがあった。そんな気分じゃないのは先方だって十分わかっているはずだ。わかった上で、カメラが近づいてくる。やっぱり、どうしようもなく惨めで恥ずかしい。それでも受けると決めた以上、答えなければいけない。テレビ用に何か気の利いた事を言わなければ。でも、やっぱり何も出てこない。

「今の率直なお気持ちは?」

 今のこの気持ちは何だろう。ただ、圧倒的な結果だけがある。その紛れもない負けに、体の中がめくれるような熱があった。音楽活動において、これほど明確な結果が出た事はない。次に小説を書く時は、書き終えた時、こんな気持ちになりたい。ただそこに結果だけがあって、それ以外はもう言葉にならないほど、書いて書いて書きつくさなければいけないと思った。

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©️iStock.com

 1人、2人、集まってくれていた人たちが帰っていく。ガランとしたライブハウスで、担当編集の杉山さんが「また新しい作品を書いてください。また一緒にやりましょう」と言った。普段は作家との距離を丁寧に保っている印象の杉山さんの言葉が、この時はやけに近くて、それが嬉しかった。

 外に出て、バンドメンバーと記念に写真を撮った。その写真を見た時、自分をバンドマンだと思った。「芸能人枠」「出来レース」あれだけ揶揄された事が、この時やっと腑に落ちた。バンドは、紛れもなく帰る場所だったからだ。

 それと同時に、やっと小説が戦う場所になった。