どうすれば面白いミステリが書けるのか? そのコツを手取り足取り教えてもらえたら心強いことこのうえない――。
『書きたい人のためのミステリ入門』は、そんな望みに応える指南書だ。新井久幸さんは、新潮社の編集者として『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎)、『夜のピクニック』(恩田陸)など多くのベストセラー小説を世に送りだしてきた。
「4年前、新潮社の文芸誌『yom yom』が紙から電子にリニューアルする際、編集長から『ミステリの書き方を連載しないか』と声を掛けられました。最初は『そんな身の程知らずなことはできない』と断ろうとしたのですが、20年近く新人賞の下読みをする中で、色々と思うことがあったのも事実で。ミステリの〈お約束〉を踏まえていなかったり、『応募上限枚数の9割以上書け』といった根拠のない言説が蔓延っていたり。気になることを書き出してみたら10近くあって、これなら何か書けるかもしれないと、連載を引き受けることにしました」
新井さんがミステリの面白さに開眼したのは中学1年生のとき。『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー)のページを繰る手が止まらず、学校の行き帰りに歩きながら読んだという。大学時代は京都大学推理小説研究会に所属。同研究会は綾辻行人さんをはじめ、数多くの作家を輩出してきた名門サークルだ。
「いっぱしのマニアのつもりでミステリ研の門を叩きましたが、すぐに圧倒的に読書量が足りないと痛感しました。皆で小説の話をしているとき、一人でも読んでいない人間がいると、ネタバレになるからある地点から先を話せなくなる。それが申し訳なかったし、なにより話の輪に入りたくて。そこで旧版の『東西ミステリーベスト100』をガイドに、面白そうな作品を片っ端から手に取って、下宿で必死に読みました。振り返れば、ミステリ研の日々は、編集の仕事の基になっているような気がします。あれこれ小説を読んで先輩たちと『こうしたらもっと面白くなるのに』と話していたのは、小説をどう改稿するか考えること、そのままですから」
読者を惹きつける「美しい謎」、巧い伏線の張り方、フェアな書き方など、本書はミステリの“いろは”を分かり易く、丁寧に解説してくれる。また、「書きたい人」はもちろん、「読みたい人」も本書から得られる学びは多いはず。書き手への理解が進めば読解の解像度は飛躍的に上がるという。
「基本を押さえれば、意識的に逸脱することもできます。例えば、英語の破格構文の解説は、大抵は参考書の最後にありますよね。何故かというと、基礎をしっかり踏まえないと、破格を用いる意味や効果がきちんと理解できないから。それは英語に限らず、何事にも当てはまると思います。『小説にルールはない。好きに書けばいい』というのはもちろんその通りですが、基本を把握することに損はないはず、とも思うんです」
無論、ミステリを書く技術は、他ジャンルの小説にも応用可能だ。
「ミステリを書き切るには、最後にすべての辻褄を合わせる高い抽象論理構築能力が要求されます。それができるのならば、エピソードの呼応や、あっと驚く結末を用意するといったことも可能で、エンターテインメント全般に、オールラウンドに応用できます。本書に『すべての道は、ミステリに通ず』と書きましたが、逆にいえば、すべてはミステリから始まる、とも思っているのです」
あらいひさゆき/1969年、東京都生まれ。京都大学法学部卒。在学中は推理小説研究会に所属。93年に新潮社入社。「新潮45」編集部、出版部、「小説新潮」編集長などを経て、現在、出版部文芸第二編集部編集長。