『ワンダフル・ライフ』(丸山正樹 著)光文社

「デフ・ヴォイス」シリーズが人気を博している作家・丸山正樹さん。手話通訳士の主人公が数々の事件に対峙する社会派ミステリーだ。著者の最新作は、自身の経験をベースに執筆した長編だ。

 本書では、事故で重度の障害を負った妻(49)を自宅で介護している「わたし」(50)が主人公の章「無力の王」、編集者の摂と設計事務所に勤める一志夫婦の章「真昼の月」、上司と不倫中の岩子の章「不肖の子」、ネットで知り合った岩田に恋をする俊治の章「仮面の恋」の四章が交互に語られていく。どの章にも、障害者の存在が感じられ、日常にある障害者に対する差別の影がちらつく。丸山さん自身は、頸髄損傷という重度の身体障害を抱えた妻を介護しながら執筆活動をしている。

「もともとは、自分の経験を小説にする、ということは考えていなかったんです。自分に近すぎる話は、単純に面映ゆいというか、書きづらかったんですね。それが、2016年に相模原のやまゆり園45人殺傷事件が起きた時に、変わりました。自分を立脚点に書きたいというよりも、書かないといけないと考えるようになったんです」

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 やまゆり園の事件では、植松聖死刑囚の「優生思想」が問題になった。作中、「真昼の月」の章に登場する摂の机の中に、障害児殺しの事件記事を集めたファイルが見つかるシーンがある。

「内容は変えていますが、執筆の際に実際の事件記事をたくさん集めました。検索すると、山のように出てくるんですよ。障害児殺しは、昔から連綿とあるんです。巻末の参考文献にも挙げた、脳性麻痺の著者が書いた『障害者殺しの思想』(横田弘著、現代書館)という本があるんですが、この本はなんと、やまゆり園の事件の“前年”に復刊されているんです」

「不肖の子」の岩子は、不倫相手の子を妊娠してしまうが、検査で、胎児に障害がある可能性を告げられる。「仮面の恋」の俊治は、出産時の異常で脳性麻痺者として生きている。自分に自信のない俊治は、岩田とのデートに、介助者の祐太に自分になりすまして同行してもらう。妻の介護に疲弊する「無力の王」の「わたし」は、かつての同級生に心惹かれていく――。障害を持った時、どう生きるのか。障害を持った人と、どう付き合うのか。複数の語り手による複層的な物語が一つの焦点に収束する時、そもそも「障害」とはいったい何なのか? と考えずにはいられない。

丸山正樹さん

「やまゆり園の事件があった時に、殺人はダメだけど、犯人の気持ちもわかる、とか、仕方ない、というような意見がありました。差別に基づいた様々な事件が起きた時、この〈◯◯したことはだめだけど、でも~〉という言い方がされることがよくあります。でも、この言い方こそが、私はダメだと思うんです。〈気持ちはわかる〉という言葉が、植松の思考に繋がっていく。だから永遠にやまゆり園のような事件が起き続ける。私はこの小説の中では、この言葉にNOを言っています。言葉にするな、行動に移すな、ということ。殺すな、がテーマなんです」

 丸山さんの立場に最も近い設定のキャラクターは、「無力の王」の「わたし」だろう。「わたし」の妻は、介護されている時、「ありがとう」と言ったことがない。

「夫婦仲は円満ですが、これは実話なんです(笑)。なぜなのだろう、と考えた私なりの結論を作中に入れ込んだのですが、担当編集者が感心してくれました(笑)。本当のところはどうかわからないですけどね」

まるやままさき/1961年、東京都生まれ。早稲田大学卒。シナリオライターとして活躍の後、2011年、松本清張賞に応募した『デフ・ヴォイス』で作家デビュー。同作はシリーズ化された。他の著書に『漂う子』『刑事何森 孤高の相貌』など。

ワンダフル・ライフ

丸山 正樹

光文社

2021年1月19日 発売