大学在学中に『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビューし、話題作を発表し続けている斜線堂有紀さん。昨年は『楽園とは探偵の不在なり』が各種ミステリーランキングを席巻し、ミステリーファンにも一気にその名を知られるようになった。今回の作品は、新たな分野に挑戦を続ける彼女が、初めて「青春小説」を意識して書いたものだという。
「若い読者の方からお手紙やSNSでメッセージをいただく機会があるのですが、私がよく才能の話を書いていることもあって、『自分には何もない』と相談されることが多いんです。『こういう夢を持っていたけど、プロになれるほどではなかった。目標を失って、人生が終わってしまった』というような。今の時代の風潮なのか、自分に見切りをつけるのが早くなってきている気がして。だからこの物語は次の夢を見つけるとか、生き方を見つけることに希望をもたせる話にしたかったんです」
本作の主人公、綴喜(つづき)は、小学生にしてデビューを果たし、中学2年生で書いた3作目が100万部を超えるベストセラーになった天才小説家だ。しかし、現在18歳の彼は、4作目を刊行することができずにいる。焦る彼のもとに、あるプロジェクトへの参加依頼が舞いこむ。表向きは若い世代の天才たちを集めて交流させるという名目だったが、実際はかつて天才だった若者たちを、AIとの共同制作によって再生させるプロジェクトだった。
「AIには昔から興味がありました。なんでこんなに気になるかというと、どこか忌避感があるからなんですよね。人間の領域が侵されるんじゃないかという意識が強くて、苦手な相手だからこそ目が離せない。特に芸術分野では、AIとの融和は夢があるのと同時に、作り手として本当に恐ろしいことでもある。その恐ろしさの根源を考えたことも、今回の作品を書く動機になりました」
施設に集められた若者たちは、AI「レミントン」とセッションすることによって、より良い料理、映画、絵画などを作り出すことを求められる。綴喜もAIの指定したプロットで小説を書き始める。それがずっと焦がれていた、完璧な4作目になることを信じて。
かつて綴喜は、自身が巻き込まれた事故を題材に、4作目の小説を書いた。しかしある事情から、その作品が刊行されることはなかった。そこには、物を作り出す人に生じる「歪み」が大きく関係している。斜線堂さんはそのことを作中で「人生を丸ごと小説に食い尽くされる」と表現する。
「私は体が弱くて、病気で入院したりしているんですけど、人がしないような経験をしていれば、それを小説に書けるという思いが、当時からありました。つらい目にあっているのは人生においてマイナスだけど、それを筆に還元できればプラスだと。でも、この考え方を続けていると、たとえば逃げたほうがいいときに、必要以上に耐えてしまうんですよね。芸人さんでも、大怪我をしたとき、まず『ネタにできる』と思ってしまう、という話を聞いたことがあります。一人の人間である部分よりも、肩書きや属性を優先させていると、誰しもそうやって人生を食い尽くされてしまうんだなと」
「小説家でいられない僕なんて何の意味もない」と語る綴喜と「自分には何もない」と苦悩する現代の若者たちは根源の部分では同じだ。斜線堂さんが主人公と読者に用意した希望は、どんな形をしているのか。ぜひ確かめてほしい。
しゃせんどうゆうき/上智大学卒。2016年『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞し、デビュー。他の著書に『楽園とは探偵の不在なり』『恋に至る病』など。漫画原作や朗読劇脚本も手掛ける。