桑田がここのステージに立つのは、公には初めてのこと。ライブ収録当日は、かなり早めに会場入りする姿が見られた。最終のリハーサルに、たっぷり時間をとるためだ。
メンバーとステージに上がり、音を出し合う。確認と調整は細部に至り、真剣そのもの。それでも目尻はすこし綻んでいる様子。好きなものを無心でつくり上げていく悦びが、滲み出ている。
コラム執筆をきっかけに、浅川マキ『かもめ』も披露
日が暮れるころには準備万端整い、本番を迎えた。いったんスタートしてしまえば、あとは一気呵成である。
「このステージに上がらせていただいて、アタシは幸せ者です……。敬愛する人たちと、こんな素敵な場所で演奏ができるんですから」
桑田はがらんどうの客席に語りかけつつ、演奏を始めた。
セットリストは、Blue Noteの雰囲気にかなり寄せてある。じっくり聴かせるオトナの歌が多いのだ。
一曲目からしてカバー曲で、ティン・パン・アレーの『ソバカスのある少女』。
腰掛けてギターを抱え、そこに響く音を愛でるみたいに優しく歌い上げた。
こぢんまりとした空間に合わせて調整された音量・音色がみごとにはまり、楽器音も歌声も粒立って聴こえる。
響きのよさをたしかめるかのように、多様な楽曲が続々と繰り出された。
ユニクロのテレビコマーシャルでも流れている『若い広場』。パワフルな歌声が印象を残す『愛のささくれ~Nobody loves me』。哀感迫るメロディと歌詞が胸を衝く『月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)』。
カバー曲も多い。ブルースの大御所ドクター・ジョンの『Iko Iko』は、Blue Note Tokyoとジャズ&ブルースへの敬意を表しての選曲か。
意外なところでは浅川マキ『かもめ』、沢田研二『君をのせて』も演奏された。出だしのティン・パン・アレーも含め、「週刊文春」の連載コラム「ポップス歌手の耐えられない軽さ」で、桑田が思い入れを切々と綴っていた相手たち。執筆で昂ぶった想いが、ここで放散されていたようである。