コロナ禍の“夜の街”
ニュクス薬局は「夜の街」のひとびとにとって、貴重な存在だ。
もし、なくなってしまったら困る、と切実に願うひとたちがいる。「いま」必要とするひとたちがいる。
2020年春、新型コロナウイルスの流行で東京に緊急事態宣言が出された。
この前代未聞の事態は、多くのひとの人生に影響を与えた。歌舞伎町の住人たちも例外ではない。いや、一般のひとよりも、その影響は大きかった、と言ってよいのではないだろうか。
だから中沢さんは、緊急事態宣言が出されたときも、一切休まなかった。
まわりの飲食店や性風俗店が軒並み休業していたときも、定休日以外、1日たりとも明かりを消すことはなかった。短縮営業もしなかった。そこだけまるで「コロナ以前」と同じように、白衣を着て、いつものようにカウンターに立っている中沢さんがいた。
そして現に、仕事を失ったひとたちが、次々にニュクス薬局のドアをくぐり、中沢さんのもとにやってきた。
「どうしよう」
「助けて」
単なる「くすり屋」ではなく、医療機関
コロナ禍において、歌舞伎町に店を構える多くの店舗が休業した……ということは、つまりニュクス薬局に集まる「夜の仕事」に就くひとたちも、一斉に仕事がなくなったということだ。
「キヨーレオピン」を飲む必要も、二日酔いになることもなくなった。そもそも歌舞伎町に出勤しなくなった彼らは、ぱったりと顔を見せなくなった。
加えて当時の首都圏では、風邪程度の体調不良では病院にかからないひとが増えていた。それはつまり、処方箋を持ってくる患者さんもほとんどいなくなったということである。当然、ニュクス薬局の売上も、激減した。
そんな状況でも薬局を閉めなかったのは、なぜだろう。
中沢さんは短い言葉で答えた。
「医療機関ですからね」
単なる「くすり屋」ではなく、医療機関。困っているひとがいる限り、店を開けるのは当然だ、短い言葉の中には、そんな意味合いが込められていた。
「それにウチは、こういうときほど開けておかないと」
【前編を読む】「仕事なくなっちゃった」「AVに行こうかな」風俗嬢からの相談に歌舞伎町の“深夜薬局”店主がかけた意外な一言