番組は「この男に安易に手を出すべきではなかった」というモノローグから監督自身の「本当にやりたいことは何一つない」「アイハブノーアイデア」などパンチラインとも言える意味深発言をダイジェスト的につないだ構成で始まる。畳の上に倒れ込む姿のバックで交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」が高らかに流れるなど、孤高の天才ぶりが伝わるオープニングだ。
だがいざ密着が始まると、作業場にはほとんど顔を出さず、打ち合わせでもやる気があるのかないのか、どこか上の空の監督。そこにジブリのプロデューサー鈴木敏夫による「大人になりそこねた人」などの人物評が語られる。「この人、この作品、本当に大丈夫なのか?」と感じたあたりで視聴者は監督の真意を知ることになる。
「設計図を頭の中でつくりたくない」
新作を絵コンテ無しで進めるという。以降番組では脚本を書き上げたあとは現場に極力具体的な指示を出さず、仕上がってくるものに対してジャッジする様子が数多く映し出された。今回は監督の脳内に構築した作品を外に取り出すのではなく、他者とつくりあげることに重きを置いてるようにみえた。特に俳優を起用してモーションキャプチャ技術でテストをする現場でのアングルや構図への異常なこだわりは見どころだ。
「アニメーションはエゴの塊」の意味
印象的なのは「アニメーションはエゴの塊だから」という発言だ。その理由を問われると庵野監督は「内緒」と笑ったが、ロケーションの制約や天気、撮影トラブル、役者の動きなど、偶発的な要素が発生しない絵コンテの段階で多くの内容を固めてしまうアニメーション本来の制作手法では監督自身の想像を超えない上、その個人の思想まで色濃く注入された閉じた作品になってしまう、ということかと想像した。
音楽業界でもコライトと呼ばれる作家、ミュージシャン同士の共同作業、共同著作が世界的に活発化している。作詞、作曲が偏重され、アレンジが軽視されがちだった楽曲制作の現場でもお互いの手癖や限界を超え、新しい音楽を生み出すことが一つの潮流となっているのは偶然ではないのかもしれない。