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“声出し”で見つけた自分の居場所 中日・滝野要を変えた兄貴分・高橋周平の一言

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/04/02

 2021年の球春が到来した。待ち遠しかった球音だ。3月26日、中日ドラゴンズは真っ赤に染まった敵地・マツダスタジアムでプレーボールを迎え……たのだが、そのちょっと前のこと。楽しみにして自分のスマホを見た。なぜなら「開幕戦で今までで一番おもしろい声出しをする」と宣言した選手がいたから。今年、球団公式インスタグラムで一気に名を上げた滝野要外野手(24)である。

 三塁ベンチ前の動画がスタート。主将・高橋周平が「何とも言えない気持ちです。もうやるしかないです。死ぬわけじゃないんで、全員で頑張っていきましょう。最後にみんなでビールかけできるように」と鼓舞した。その一言、一言が力強く、担当記者の私も何だか「よし頑張ろう」という気分でうなずいた。あれ? ところでタッキーは?

 試合に登場したのは0―4の6回だった。開幕投手の福谷浩司に代わり「代打・滝野」が告げられた。相手は広島のエース・大瀬良大地。2ボールからカットボールを振り抜き、右腕の足元を襲う内野安打で出塁すると、阿部寿樹の打席では抜群のスタートを切りプロ初盗塁。今季、与田剛監督が掲げる「走塁革命」の第一歩は、意外な男のチャレンジで幕開けした。滝野はこの回、ホームベースを踏むことはなかったが、チームは8回に大瀬良を攻略。6回のささやかな反撃が、後の逆転劇につながった……と思っている。

 そして翌27日、滝野は満を持して円陣の声出しに登場した。披露したのは、ファミコンソフト「燃えろ!プロ野球」のモノマネ。初期バグで、ファウルのあとはどんな球でもストライクになるという、マニアック過ぎる一芸。先輩からは「なんかわからんけど、おもしろい」と言われたそう。

©長尾隆広

“落第”から始まった大垣日大の3年間

 2018年ドラフト6位で大商大から入団。同期は根尾昂や梅津晃大といったアマ球界で名をとどろかせたスター選手ばかり。入寮前には少しでも目立とうと「大学時代に先輩から『銀シャリに似てるから『シャリ兄』と呼ばれていました」と告白。しかし、ファンからの呼び名も「シャリ兄でいいか?」と問われると、「そこはタッキーでお願いします」と言って周囲をずっこけさせた。愛車はトヨタのFJクルーザー。見た目はかっこいいが少しガソリンの消費度が気になるところ。昨年末には4歳上の一般女性と結婚した。オープン戦中、食べるとことごとく安打が出る奥様特製のギョーザが、現在のラッキーフードだ。

 三重県・松阪市出身。小学2年のときに父・浩之さんと行った大阪ドーム(現・京セラドーム)の阪神―中日戦で見た阪神・桧山進次郎に魅了されてソフトボールを始めた。中学では硬式の松阪ボーイズに所属して投手に。飛び抜けた実力はなく、地元の公立高に進み「普通の人生を歩もう」と思っていた。

 それが激変したのが大垣日大高のセレクションだった。たまたま中学の練習試合で同校関係者の目に留まって練習会に誘われた。名門校の誘いにタッキーのテンションはMAX。気合い十分で臨んだ当日だったが、キャッチボール中に名将・阪口慶三監督から呼ばれ、いきなり「君にピッチャーは無理だ」とブルペンすら見てもらえず“落第”した。

 その後の打撃練習でも平常心を失い、置きティーで初球から3回連続でボールを置くゴム部分を打つほど動揺。だが、阪口監督からは「もし来たいなら、寮は空けとくから」と言われ、父からも「甲子園行きたいんだろ?」とゲキを受けて入学を決意した。滝野は夏の甲子園に2度出場。4番に座った3年の夏には、初戦の藤代戦で初回8点ビハインドから試合をひっくり返して話題になった。大商大では楽天・太田光らと全国大会にも出場。4年間で101安打と広角に打ちまくった。

©長尾隆広