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巨人・廣岡大志のホームランにザワついた夜 今季の見所は“ヤクルト投手陣vs.廣岡”だ

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/04/17
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 2021(令和3)年4月13日、雨中の神宮球場。目の前では横浜DeNAベイスターズとの熱戦が繰り広げられている中、立て続けにマナーモードの携帯電話が大きく振動する。普段、試合中はなるべく携帯に触れずに目の前の試合に集中するようにしているのだが、何度も振動が繰り返されるので、ついディスプレイを確認する。

「廣岡がホームランです!」

 同時刻、東京ドームで行われていた巨人対中日戦。この日スタメン起用されていた巨人・廣岡大志が、中日の大エース・大野雄大から見事なホームランを放ったのだという。それを知らせる、知人たちからのメッセージが殺到していたのだ。また、神宮においても、近くの席で観戦していた顔なじみのFさんが、「廣岡がホームランを打ったようですよ」と声をかけてくれた。

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 試合後、改めてSNSを確認すると、多くのヤクルトファンが廣岡のホームランを話題にしていた。ヤクルトの快勝を喜ぶ一方で、「一巨人選手」の決勝ホームランにみんなが歓喜していたのだ。今、自分で「一巨人選手」と書かねばならないことが猛烈に寂しいが、廣岡大志はもはや「ヤクルト在籍選手」ではなく、間違いなくライバル球団所属の倒すべき相手なのである。辛い現実だよ……。

廣岡大志

 そういえば、今年3月1日の朝も突然のメッセージが殺到したことを思い出した。はじめは、劇団「東京マハロ」主宰、向田邦子賞を受賞した人気脚本家の矢島弘一さんからのメッセージだった。そこには何の説明もなく、こう書かれていた。

「長谷川さん、俺、ショックで仕事出来ないっす…」

 パソコンに向かって仕事をしていた僕は、このメッセージの意味が理解できず、「えっ、どうされたんですか?」と返信。すぐに「廣岡トレードです」「巨人に…」と返ってきた。慌ててネットニュースをチェックすると、ヤクルト・廣岡大志と、巨人・田口麗斗との交換トレードの情報が目に飛び込んできた。

 矢島さんが書いていたように、僕もまた、この日一日は仕事が手につかなかった。プロ野球選手である以上、トレードやFA移籍がつきものであることは頭では理解しつつも、「なぜ、廣岡が?」「よりによって廣岡が……」の思いを払拭することができなかったのだ。いや、正直言えば、今もなお、その思いは拭えていない。それでも、こうして意を決して、僕はキーボードを叩き続けているのだ……。

期待と我慢のシーソーが揺れ動く

 廣岡大志のことを思うとき、僕の中には「期待と我慢のシーソー」が浮かんでくる。2015(平成27)年ドラフト2位で智辯学園からヤクルトに入団。プロ1年目となった16年9月29日の対DeNA戦で一軍デビューすると、この日が引退登板だった三浦大輔から初打席初ホームランを放った。「高卒新人野手の初打席初本塁打」は、セ・リーグでは中日・高木守道以来、56年ぶりの快挙だという。

 身長もあり、手足も長いスラリとした体形で、無限の身体能力を感じさせる天性のバネ。そして誰にも真似のできない長打力。端正な顔立ちもあって、未来のスター候補の可能性に満ちあふれていた。背番号《36》――それは、かつての池山隆寛の若い頃を彷彿させるものだった。デビュー時点ですでに廣岡には「100の期待」があり、翌年以降すぐに「1000の期待」「10000の期待」に膨らんでいくものと思われた。

 しかし、その後の廣岡は伸び悩んだ。期待されながらも、なかなか結果を残せず、あっという間に、同じく高校卒新人として初打席初本塁打を放った村上宗隆の陰に隠れるようになっていた。「100」あった期待は少しずつ減じていき、「いつかやってくれるはずだ」「今年こそ覚醒のときだ」と思いつつ、シーソーは「我慢」の側にどんどん傾いていく。

 いつしか「期待の大型ショート」はサードとなり、セカンドを守り、気がつけば外野手として、時折試合に出るようになっていた。この間、「100の期待」は減り続けた。それでも、神宮の巨人戦で、当時20歳だった廣岡は5打数5安打を放ち、期待値が一気に跳ね上がったこともあった。ちなみに、この日の巨人の先発は後のトレード相手となる田口麗斗だった。

 大差がつき、敗戦確実の大雨の神宮。その試合終盤に放った廣岡の一発に、身も心も少しだけ暖かくなったこともあった。増え続ける「我慢」の中で、時折見せる「期待」が、僕の癒しであり、救いであった。もはや、「オレの我慢が尽きてしまうか、それとも廣岡の覚醒が先か」という持久戦の様相を呈していたのだ。

 しかし、その廣岡はすでにヤクルトにはいない。彼の主戦場は神宮球場ではなく、東京ドームに変わった。今年4月4日の対巨人戦では廣岡の放った左中間フェンス直撃スリーベースが決勝点となり、ヤクルトは敗れ去っている。そうなのだ。いつまでも、未練がましくしている間に、すでに新たな戦いの舞台は始まっているのだ。

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