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“田中将大vs大将中田” 少年みたいな中田翔を僕らは久しぶりに見た

文春野球コラム ペナントレース2021

 本当に田中将大だった。1回表、ファイターズのエース、上沢直之が楽天打線を三者凡退に切って取ると、東京ドームの空気が変わった。ビジョンに大映しになるクリムゾンレッドのユニホーム、背番号18。何度も衛星波の国際映像で見たあの風貌。もう、どっちのチームのファンかなんて関係ない。皆、気持ちが上ずっている。胸のドキドキがおさまらない。

 8年ぶりの「田中マー君」だ。NPBに帰ってきた。
 ファイターズ戦でこんなごっついもんが見れてしまうとは。

 渡米前の2013年シーズン、24勝無敗(前年からの連勝記録は28)の伝説的なピッチングで楽天を日本一の栄冠に導き、海を渡って、勇躍、NYヤンキースのピンストライプに身を包んでからは開幕投手を務めること実に4度、完全にエース格の実績を残した。もちろん今シーズンのNPB最大の呼び物だ。

田中将大がファイターズを全員、今川優馬にしてくれるんじゃないか

 この「日本復帰戦」登板は、本来なら開幕シリーズ(仙台)の第2戦、同じカードで実現していたはずだった。直前になって右ふくらはぎの違和感(右ヒラメ筋損傷、全治3週間の診断がつく)のため回避されたのだ。筋肉系のトラブルだから寒い時期の楽天生命パークは避けて正解だと思う。それはそう思うのだが、最初に彼の雄姿を目にするのは東北のファンがよかったかなとも考えた。イーグルスの2013年日本一は東北が震災の痛みから立ち上がる勇気そのものだった。その記憶と田中将大は分かちがたく結びついている。

 僕は田中将大と試合やれるかと思うと早起きしてしまって、4月17日の朝は開幕戦みたいだった。スポーツメディアはもちろん、一般の媒体まで今日の試合を話題にしている。一つのプロ野球の試合がこれほど注目されるのは久々だと思う。東京ドームだから取材陣も殺到だろう。

 これまで誰もが夢想しながら叶わなかったことが現実になるのだ。日本の超一流が海を渡り、バリバリのメジャーリーガーとして活躍し、そのキャリアの全盛時に1年だけ(?)日本に戻って投げたらどうなるだろう。日本に戻って最初に投げる相手がファイターズなのだ。

 もちろん4月17日の楽天5回戦は開幕戦ではない。前日もファイターズは楽天に競り負けたばかりだ。ファイターズはここまでいいところがない。外国人選手の来日が遅れ、先発ローテが満足に組めないのに加えて、打線がほぼまんべんなく不調だった。開幕から12球団唯一、ホームランが出ない状態が続き(初ホームランは10戦目・ソフトバンク戦の大田泰示)、16日終了時点でチーム本塁打2本はロッテ、マーティン(7本)の足元にも及ばない。他にも「四球をせっかくもらっても残塁の山」と「守備の方でもエラー続出」と言いたいことはあるけど割愛しよう。17戦消化してトータル4勝10敗3分はダントツの最下位だ。

 だから「田中マー君」祭りではしゃいでいる場合じゃないのだが、僕にはひとつの確信があった。僕が嬉しすぎて早起きしてしまうのだ。東京ドームに駆けつけた両チームのファンは大なり小なり、遠足の前の晩寝つけなかったり、当日は目覚ましが鳴る前に起きてしまったり、そんな感じだろう。では、選手は? 楽天の選手はもちろんレジェンドの実戦登板を心待ちにしていただろう。僕はファイターズの選手も同じだと思うのだ。田中将大の打席に立ちたい。田中将大の球筋を体感したい。何より打ちたい。力試しをしたい。

 今、ファイターズにいちばん欠けているのはそこじゃないだろうか。野球がしたくてしたくてたまらないというような意欲じゃないだろうか。ポジティブなマインド。僕は前日、涌井秀章にひねられた試合でファイターズ、今川優馬が見せた全力疾走を思い出した。今川は「6番ライト」でプロ初スタメンに抜擢されたが、3打数ノーヒットに終わった。涌井に子ども扱いされた。それでも心は熱かった。守備につく度、ポジションまで全力疾走して、ライトスタンドのファンに一礼する。ライトスタンドのファンはみんな今川が好きになってしまった。

 野球は戦力も戦術も大事だけど、いちばんは熱だよ。僕は田中将大がファイターズを全員、今川優馬にしてくれるんじゃないかと思ったんだ。原点の原点、野球小僧に戻してくれるんじゃないかと思ったんだ。きっと打線は火を噴くんじゃないか。田中将大だって人間だ。メジャーとはボールも違うし、調整登板なしのぶっつけ本番だ。つけ入るスキはあるんじゃないのかなぁ。

東京ドーム売店です、ハムカツ丼、ハムカツカレー。 ©えのきどいちろう