アジア系が通報を躊躇する理由
実のところ、アジア系へのヘイトクライムのうち、警察に被害届が出される件数はごくわずかだ。他方、コロナ禍の発生以来、アジア系市民に「ヘイトクライムに遭ったら報告を」と訴え続けている団体 Stop AAPI Hate (*)には全米から3,800件もの報告が寄せられている。
アジア系が警察への被害通報を躊躇するのにはいくつかの理由がある。移民の場合はまず言葉の壁がある。通報の方法を知らない、通報後にどうなるのかわからず不安といったケースもある。さらに不法滞在者であれば通報によって身元が判明し、強制送還になることを恐れる。
言語や滞在資格に問題のない場合も、受けた犯罪が「自分がアジア系ゆえのヘイトクライムなのか?」と迷うケースは多い。現在、ニューヨーク市会議員に立候補中のスーザン・リーは駅の階段で女性に押され、足首を捻挫した。リーは事件時、階段には相手と自分しかおらず、相手は誰でもいいから加害したかった可能性もあると考え、ヘイトクライムとは断言できないとしている。
法的にも、加害者がアジア系への侮蔑語を発するなど、明らかな憎悪を表さない限り、憎悪罪(ヘイトクライム)での起訴を免れるケースがある。2月にワシントン州シアトルで起きた事件では、日系の女性(41)が石のような硬いものを入れたソックスで顔面を殴られ、鼻の骨を折っている。
犯人は逮捕されたものの、犯行時に無言であったことから憎悪罪が適用されず、被害者はこの件に抗議する記者会見を開いている。そもそも犯罪のカテゴリーに憎悪罪を持たない州すらあり、これらが警察のデータが実情を反映していない理由だ。
さらにアジア系への差別を容認、実践する人種差別主義者の警官も存在する。アトランタ事件の翌日に記者会見を開いた地元保安官事務所のベイカー警部は「昨日はロングにとって、ツイていない日」だったと言い、激しく批判された。その直後、コロナビールを模したデザインに「COVID-19 中国から輸入のウイルス」と書かれたTシャツをベイカーがSNSにあげていたことが露見。「このシャツが気に入っている!売り切れる前に買えよ!」と書き添えられていた。
アトランタ事件も犯人は殺人罪と加重暴行罪のみで起訴されており、アジア系団体のリーダーや政治家たちが憎悪罪を加えるように要請している。
*AAPI = Asian Americans and Pacific islanders アジア系アメリカ人と太平洋諸島系アメリカ人をひとつのグループとみなす略称 (stopaapihate.org)
アジア系へのヘイトクライムに対する政界や社会的な動き
増え続けるアジア系へのヘイトクライムに対し、政界も動きつつある。各地で反アジア系ヘイトクライムのデモが行われる中、ジョー・バイデン大統領はアトランタ事件の犠牲者への哀悼の意としてホワイトハウスでの半旗掲揚を命じた。
現在、米国上院議員のうちアジア系はタミー・ダックワース(タイ系)、メイジー・ヒロノ(日系)の2議員のみだが、その2人がバイデン内閣にAAPIを指名するよう要請した。組閣に際してバイデンは多様性を目指すとしながらAAPIを入閣させなかったのだ。
アジア系のセレブも様々なアクションを起こしている。1月にベイエリア、オークランドのチャイナタウンで高齢者を含むアジア系男女が襲われた際、俳優ダニエル・デイ・キム(韓国系)とダニエル・ウー(中国系)は犯人についての情報提供に対して25,000ドルの懸賞金を提示した。また、デイ・キムはアトランタ事件の後、ヘイトクライムを抑制する法の制定を目指し、議会公聴会での発言も行っている。
ニューヨークでアジア系女性が男に激しく突き飛ばされて額を10針縫うケガをした際、被害者の娘の友人である俳優のオリヴィア・マン(中国系ベトナム系)がSNSで情報を発信し、犯人逮捕にこぎつけた。俳優サンドラ・オー(韓国系)はペンシルヴァニア州での反アジア系ヘイトクライムのデモに参加し、メガホンを片手に「私は誇り高いアジア人! 私たちはここに属する!」と叫んだ。俳優/コメディアンのケン・チョン(韓国系)は、アトランタ事件の犠牲者の遺族に計5万ドルの寄付をした。