さらにアジア系女性は「性の対象」とみなされる。アトランタ事件の背景に「レイシズム」「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」に加え、「セクシズム」が潜んでいると言われる所以だ。

 アジア系女性への誤ったステレオタイプの浸透にはメディアが大きくかかわっている。その象徴は、スタンリー・キューブリック監督の1987年の映画『フルメタル・ジャケット』に登場するヴェトナム人娼婦だ。強いアジア訛りの片言の英語で「Me so horny(ワタシ、トッテモ、ヨクジョウしてる)」と米兵を誘うシーンがある。このセリフは一躍流行語となり、映画の公開から30年以上を経た現在も定番のジョークとして使われ続けている。

特に高齢者や、若い女性への加害が多発

 アジア系へのヘイトクライムが際立って増えているのはニューヨーク市と、サンフランシスコを含むカリフォルニア州のベイエリア地区だ。若者にいきなり体当たりされて倒れ、死亡した高齢者(84)、背中を刺されて重体に陥った男性(36)もいる。

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 ニューヨークとベイエリアは共にアジア系の人口が多く、特にニューヨーク市は人口密度が高く、移動手段として車ではなく、徒歩と公共交通機関に依存する都市であることがヘイトクライム増加に大きく作用していると思われる。道を歩き、地下鉄に乗るだけで高確率でアジア系に遭遇するのだ。2020年はコロナ禍によって市民の外出が大きく制限されたため、ヘイトクライムの総件数は前年割れとなったものの、アジア系対象の事件は増加した。今年はさらに増えている。

 日本でも報道されたが、アトランタ事件の翌日にサンフランシスコでは高齢のアジア系女性(75)と男性(83)が同じ男に襲われ、大ケガを負わされている。犯人は75歳の被害者女性に返り討ちに遭い、逮捕の上、病院送りとなった。後日、女性にクラウドファンディングによって100万ドル近い支援金が寄せられたことも話題となった。

アトランタの銃殺事件の現場 ©️getty

 この件を筆頭に被害者には高齢者が目立つが、女性の場合は若くとも被害を受けている。いずれも弱い相手を狙ってのことだ。ほとんどの事件が昼間に起き、かつ通行人の圧倒的多数がアジア系であるチャイナタウンで「アジア人をファック・アップ(ぶちのめす)するためにやってきた」と叫んだ加害者すらいる。加害してもアジア人相手なら逃げ切れるとみなしているのだろう。

 殴り、突き飛ばすだけでなく、ブラスナックルやパイプといった武器が使用された事件もある。背後から首に液体をかけられた女性、地下鉄内で放尿された女性もいる。多くのケースで「アジアン・マザーファッカー」「犬の男性器を舐めやがれ。それから料理してお前の母親の前で食え」「チンク(アジア系への蔑称)」「チン・チョン(中国語の音マネ)」「問題(コロナ禍を指すと思われる)はお前のせいだ」「俺の国から出て行け」など罵詈雑言が発せられている。

 加害者の人種や年齢、社会的地位は様々だ。多くは単独犯。大多数は男性だが、女性も含まれており、ホームレスも散見される。最も驚くべき加害者は著名白人政治家の娘で、アジアでの人権活動家として知られる人物だろう。

 この加害者はマンハッタンの路上でアジア系の若い女性に唐突に「あなた、中国から来たんでしょ? 中国に帰りなさい」と差別発言を始めた。女性の夫が駆け付け、口論になると、逆上して「コミュニスト中国に帰れ!」などと叫び続けた。被害者夫婦は共にアメリカ生まれの韓国系二世だった。