『Ank: a mirroring ape』(佐藤究 著)

 申し分なく理知的であり、惚れ惚れするほど荒々しい。

 謎の解明に向けて突き進んでいく物語であるが、小説の部材は行儀のいい既製品ではなく、主筋を外れて暴走する場面もある。噴き上がる太陽フレアのように。

 佐藤究『Ank: a mirroring ape』はそうした作品である。今まで読んだことのないタイプの小説を試してみたいと考えている方に、ぜひこの魅力的な混沌をお薦めしたい。

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 冒頭で京都暴動なる事件の存在が明かされる。二〇二六年十月二十六日、多数の人間が突如として殺し合いを始めたのである。素手で殴り合い、相手の肉体を損壊し尽くそうとする。暴動の参加者はごく普通の市民ばかりだ。結果として多数の人命が失われた。当然のことながらテロ攻撃や、病原菌やウィルスによって引き起こされた感染爆発の可能性が疑われたが、いずれも否定される。ではなぜ、人々は狂気の暴力に走ったのだろうか。

 暴動の三日前、京都に設立された霊長類研究施設、通称KMWPのセンター長を務める鈴木望は、サイエンス・ライターのケイティ・メレンデスから取材を受けていた。その望やケイティの視点を使って作者は過去と現在を何度も往復し、京都暴動の核にあるものの輪郭を浮き上がらせていく。人々が殺し合いをするさまはゾンビ・ホラーのようであり、望の思弁を追っていくくだりは科学小説の興奮があり、さまざまなジャンルを横断する小説だが「なぜ?」を問うミステリーとして読むことも可能だ。

 拡げられた風呂敷は大きければ大きいほど畳み方が難しく、種明かしの段になって読者を失望させる危険がある。その点、本書で明かされる真相は思索の果てに必然として導き出されるものであり、これしかないという納得感がある。正攻法で挑んでくれる相手というのは気持ちのいいものだ。読者は作者とがっぷり四つの勝負ができる。

 KMWPという施設はもともとAIの研究者だった人物が設立したもので、本書が人間の知能についての小説であることは初めからわかる。一口で言うならば「ヒトをヒトたらしめているものは何か」ということを追究する内容で、そこに独創的なアイデアが盛り込まれているのである。鏡を覗いた者は、ときに驚き、違和を感じることがある。身近なはずの自分の姿は、実は鏡がなければ見ることができない、もっとも遠い存在だからである。その奇妙な逆転が着想の根底にあるのだろう。読みながら、言いようのない不安が湧き上がってくるのを感じ、それを存分に楽しんだ。

さとうきわむ/1977年福岡県生まれ。2004年、「サージウスの死神」(佐藤憲胤名義)で第47回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。16年、『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。

すぎえまつこい/1968年東京都生まれ。ライター、書評家としてミステリー小説の動向に詳しい。著書『ある日うっかりPTA』など。

Ank: a mirroring ape

佐藤 究(著)

講談社
2017年8月23日 発売

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