ヤマザキ 環境に優しいとされるリチウムイオン電池が、じつは生態系を破壊しているという話には驚きました。
原料であるリチウムの最大産出国であるチリでは、塩湖からリチウムを採取するために尋常じゃない量の地下水が日々汲み上げられ、最終的にはアンデス・フラミンゴの個体数が減ってしまった。シリアの内戦は、気候変動がもたらした不作によって、人々が困窮したことが原因であることも本書で初めて知った現実です。今後、世界中の砂漠化が進めば、世界のあちこちで紛争が起こるようになると思います。
実際にヨーロッパ南部の砂漠化が加速しているだけではなく、アフリカの諸地域では既に農作物では食べていけなくなった沢山の難民が地中海から続々ヨーロッパへ入ってきています。ヨルダンでは都市部に水を供給する水源が枯渇しつつある土地も少なくなく、水を巡る戦争や紛争も起こりかねないと現地の人々は危惧しています。
世界ではこれだけの問題が顕在化しているというのに日本ではニュース番組で取り上げられることもない。自分の国にしか関心が無く、世界で発生している問題を「対岸の火事」と考える人が多いのが心配です。
コロナをきっかけに、日本をもっと声をあげやすい社会に
斎藤 ヤマザキさんの新刊『たちどまって考える』でイタリアにおけるコロナ禍の日常を拝読して、日本人の批判精神の足りなさについて考えさせられました。私はドイツに6年間留学していたので、感覚的によくわかります。日本では「金儲けがうまい人が偉い」という空気が蔓延し、国やメディアもその風潮を煽ってきました。
そんな世の中に違和感を持ちながら、そのことを言えない人々が沢山いたと思うんです。なぜなら、女性や弱い立場の人がSNSなどで自分の意見をはっきり言うと、よってたかって叩くような風潮すらあるからです。コロナをきっかけにして、金儲け主義をやめ、もっと声をあげやすい社会にしていきたいです。
ヤマザキ 同感です。スペイン風邪のパンデミック以来、これだけ世界中の多くの国が同時に同じ問題への対処を求められる事態は、コロナが初めてです。ウイルスの実態も不明な中で、各国首脳は難しい対応を迫られました。
イタリアやイギリス、ドイツは日本に比べてずっと多くの感染者、死亡者が出ていますが、そんな中でも各国首相は、なんとかこの危機を一丸となって乗り越えようと、言葉で国民を鼓舞しました。とくにドイツのメルケル首相が発した、国民一人ひとりに「そこにいるあなた」と二人称で呼びかけ、様々な職業に付く人々に対し感謝を表したメッセージは非常に説得力があり、世界で話題になりました。
斎藤 そうですね。
ヤマザキ メルケル首相だけではなく、各国のリーダーのメッセージの多くには、科学的なファクトと国民全員を激励し、安心させようとする熱意がこもっていました。ところが、安倍前首相がコロナ発生後に行った会見やスピーチにはそういった効果はあまりみられなかった。どこの首脳も勿論予めテキストは用意されていたとは思うのですが、テレビの前では戸惑ったりぶれたりしない態度を取っていた。
私は安倍前首相の会見を見ているうちに「もしかするとこの国は明治維新に始まる政治の民主化改革が確立しておらず、いろんなことが未だに試行錯誤の段階にあるのかもしれない」ということを感じたんです。
斎藤 なるほど、明治維新ですか。
ヤマザキ はい、明治の民主化改革では言論の自由を軸にした西洋式の議会制を取り入れたわけですが、未だに「弁証法」や「弁論法」といった言論のスキルの高さは、この国の政治のリーダーにとってさほど重要なことではない、ということが見えました。
コロナの問題だけではなく、それ以外の場面でも説得力や責任感が全面にあらわれているような発言は、なかなかどの政治家の口からも出てこない。でも、それが悪いことだと思ったのではありません。そもそも日本の学校教育では弁証という表現法をほとんど教えていませんからね。今までそのスキルの必然性を問われてこなかったからなのでしょう。
はっきりと人前で自分の考えを言語化したり、批判し合うのが馴染めないこの国の国民の性質を慮れば、日本は何か独自でありながらも世界にも理解してもらえる、日本独自の民主政治をあらためて考えていくべきなのかもしれない、などということを感じました。