マルクスのコミュニズム
ヤマザキ 本書を読んで、マルクスに対して若いころから抱き続けてきたイメージが大きく変わりました。「ソ連や中国の共産主義を生み出す発端となった、気難しそうで頑固な思想家」と捉えていたのですが、実際のマルクスは後年、自然科学の研究も思想に取り入れ、地球全体と人類がどう共生するかを大きなスケールで考えた人であることを知りました。
私はスティーブ・ジョブズの自伝をコミカライズしていますが、初期の彼は自分が追求する美しさとミニマムな機能性を理解してくれる人だけが買ってくれればいいという姿勢でした。
それゆえに人のライフスタイルを変革するような、便宜性を優先しないアップルの商品が生み出されていきますが、逆にそれが人々の関心や支持を集める結果となった。専門に特化するのではなく、興味の幅が広いほうが役に立つというのは、斎藤さんが描くマルクスを通しても改めて感じた点です。
斎藤 マルクスのコミュニズムは、資本主義によって収奪されたコモンの領域を民衆の手に取り戻し、共同で管理することを目指す思想です。難しい概念のように思われますが、じつは単純で「各人はその能力に応じて与え、各人はその必要に応じて受け取る」という考え方なんです。
先のグレーバーは、「資本主義の先端を走るゴールドマン・サックスの社内だって、『はさみをとって』と頼まれれば、対価を求めずに渡すだろう。それこそがコミュニズムだ」と述べています。家庭内でも親は子供に対して「お前の教育には2000万円かかったから、大人になったら返せ」とは言いません。そんなふうに権力や貨幣を使わずに、相手を尊重しながら、適正に富を管理・分配するのがコミュニズムなんです。
※後半では「文科省の人文系学問軽視」「知的怠惰が生み出すSNSの言葉の暴力」といった日本社会を覆う問題点とともに、「1970年代のエネルギー使用量に戻そう」などの脱・資本主義の提案が語られていきます。続きは発売中の「週刊文春WOMAN vol.9(2021年 春号)」にて掲載。
text:Yutaka Ookoshi
ヤマザキマリ Mari Yamazaki
1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。84年渡伊。フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞、手塚治虫文化賞短編賞を受賞。著書に『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)など。
斎藤幸平 Kohei Saito
1987年東京都生まれ。経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。米ウェズリアン大学卒業。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。2018年、マルクス研究の最高峰「ドイッチャー記念賞」を日本人初・歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』など。