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38歳になった井川はかつてとは別人のような柔和な笑顔

 井川といえば昔から朴訥とした雰囲気があって、基本的に無口で無表情な男だった。阪神時代、私もある仕事の関係で彼にインタビューしたことがあるのだが、そのときも表情に柔らかさがなく、さらに本音をはっきり語りたがらない、いや、質問に対する答えを真剣に考えすぎて、なかなかまとめられない、そんな印象を受けた。兵庫入団後に報道されたインタビューなどでも「NPBを目指すのか?」という質問に対して、「わからない」「1年間しっかり投げて、自分の中だけでも良いイメージで終えたい」といった、どこか捉えどころのない曖昧な回答ばかり。ファンが気になるのはやはりNPBへの想いだろうが、これまでの井川はそこに対する明言を避けているような空気さえ感じられた。

 ところが、同番組で見た井川はそんな過去の姿とはちがっていた。

 スポーツコーナーの解説を担当する阪神OBの下柳剛氏も交えてトークを展開していたのだが、阪神時代から親しい間柄だったという下柳氏が相手だからか、井川の表情は実に柔らかく、さらにいつもより饒舌で、笑顔も多い印象を受けた。あの井川も今や38歳。目じりの笑い皺が年月を感じさせる。本当に紆余曲折あったからか、なんとなく憑き物が落ちたかのような、そんな軽やかさがあった。これはもしや、今季限りでの現役引退を決意したのかもしれない。そんなことさえ思ったほどだ。

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「NPBで投げられれば最高」井川にしては珍しい言葉

 しかし、同番組での井川はアナウンサーから来季のNPBへの想いを訊ねられると、彼にしては珍しく「もちろん、上でできれば最高です」と即答した。さらに「阪神からのオファーがあったら受ける?」という質問にも「そうですね。もちろん、そうです」と断言した。これまでの井川のメディア対応を考えると、ここまで具体的な意志をはっきり口にするのは極めて珍しい。今季、兵庫でそれなりのイニング数を消化(完投も記録)できたことで自信を得たのか、とにかく井川はもう一度“阪神で投げたい”という。実際、10月5日には阪神の二軍とBFL選抜との交流試合が行われ、BFLの先発として登板した井川は阪神二軍を相手に3回3安打1失点と、まずまずの投球を見せた。

 おそらく、井川は自分の野球人生の終わり方を模索しているんだと思う。かねてから「納得のいくかたちで終わりたい」と言っていた井川だが、その納得とは今やNPBで投げるということなのだろう。果たして、現在の阪神はそんな井川をどう受け止めているのか。チームとしては若返りを進めている最中だけに、その流れには合致していないが……。

 とはいえ、井川はかつて阪神で5年連続二桁勝利を挙げ、20勝や沢村賞、MVP、三度の最多奪三振、ノーヒットノーランなど数々の記録を打ち立て、チームを二度のリーグ優勝に導いた功労者の一人だ。彼はまちがいなく虎の大エースだったのだ。

 あれから月日が流れ、そんな井川にも現役最晩年が迫ってきた。果たして、井川はこのまま終わるのか、それともNPBに復帰できるのか。甲子園にたくさんの白星を運んできてくれた「エース・井川の終わり方」をこの目で見届けたい。

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