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 最初の面談が行われた3日後の12月21日、Aさんは再度X氏に呼び出され、面談を受けた。Aさんは「自分にはDHCで働く意思があると何度も主張しましたが、結局は退職勧奨となりました」と肩を落とした。

「この面談を受けている最中から、動悸が止まらなくなってしまうことが増えました。面談中もそうですし、働いているとき、道を歩いているとき、家にいるときに胸が大きく脈打って呼吸がしづらくなってしまうんです。怖くなって精神科を受診したところ、重度抑うつ症状が顕著だと診断されました。そこで、会社にも必要とされていないし、もう、DHCは辞めようと思いました」

失業保険が下りる「解雇」を希望すると…

「Xさんには自主退職を勧められていましたが、社会人になったばかりで貯蓄もありませんでしたし、親に迷惑をかけるのも気が引けたので、失業保険が下りる『解雇』にしてくださいとお願いしました」

 そして12月28日の昼、AさんはX氏に電話をかけた。解雇が言い渡されるのだろうと覚悟していたAさんに伝えられたのは「懲戒解雇」。その後すぐ、Aさんの自宅に懲戒解雇通知書が郵送で届いた。そこにはこのように書かれている。

《懲戒解雇通知書

 

 所属 人事部付き

 

 氏名 A(書面では本名) 殿

 

 解雇年月日 令和2年12月28日

 

 解雇の事由 上司及び周囲に対して無礼且つ粗暴で協調性に欠く言動を繰り返し、会社の批判を内外に吹聴するなど、会社内の風紀秩序を著しく乱し、円滑な業務遂行を阻害したため。また、自己本位な性格等から職場に適する能力を著しく欠いており、将来も改善の見込みが無いため。

 

 就業規則該当条文 従業員就業規則第46条第2項(第2号、第3号、第4号、第7号)により懲戒解雇とする》

Aさんの懲戒解雇通知書「入社1年も経たずに懲戒解雇になるとは……」(Aさん)

 Aさんは「解雇扱いにしてほしいとは言ったが、まさか懲戒解雇になるとは思ってもみなかった」と困惑を隠せない。

「就業規則を見せてもらえていないので、第46条が何にあたるのかわからなかったのですが、《協調性に欠く言動》や《自己本位な性格等》は、上司に何度も“サクラ投稿”や会長の差別発言についての批判的な意見を言っていたことを指しているのかなと思います。

 ですが《会社の批判を内外に吹聴するなど》という箇所が、どんな行為を指しているのかまったくわかりませんでした。もしかしたら、先ほどお話ししたDHCへの批判的な投稿をTwitterで1件リツイートしたことかなと思ったのですが、さすがにそれが懲戒処分にあたる行為だとは思えなかったので……」

 Aさんは戸惑っていたが、「28日の夜にその理由がわかった」という。