世界中からトップクラスの頭脳を持つ高校生が集まり、難問に挑戦し得点を競い合う物理の祭典「国際物理オリンピック」。2023年に開催される次回大会では、日本が開催地に決定している。

 その問題作成を担当する東京大学名誉教授の物理学者・早野龍五氏は、著書『「科学的」は武器になる 世界を生き抜くための思考法』(新潮社)の中で、国際物理オリンピックの成績を見れば「世界各国の中でこれからどの国が伸びてきそうかがよく分かる」と述べている。果たして、日本の科学教育は現在、世界の中でどのような位置にあるのだろうか。これから理系を目指す若者に伝えたいメッセージとは。同書の一部を抜粋・再構成し、紹介する。

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国際物理オリンピックと理系教育のいま

 いま僕が力を入れているのは、2023年に日本で開催が予定されている、高校生を対象とした「国際物理オリンピック」です。主催のトップは、ノーベル賞学者の小林誠先生。僕は大会の存在は知っていたものの、積極的に関わろうとは思っていませんでしたが、例によって準備の途中で一本釣りで巻き込まれたのです。小林先生から「僕より下の世代にも関わってもらいたいから、入ってくれ」と声をかけられた以上、意気に感じて断るわけにもいかず、僕は問題作成を請け負いました。

 これがまた、結構楽しいんですね。他の国で開かれた大会も視察に行きましたが、問題の出題範囲は日本の高校の物理の教科書をはるかに超える、大学の教養部ぐらいの物理で、相当高度です。下手すると、大学院の入試に出してもいいような問題も結構あります。実験の問題ふたつと理論の問題3つの計5問を、それぞれ持ち時間5時間ずつで解かせます。実験装置を設計して作り、参加国90ヶ国ぐらいから来る1ヶ国5人の選手団の全員分用意するので、計450台は必要になるのですが、それを一斉に使わせて、解いてもらうのです。

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 何がおもしろいかといえば、世界各国の中でこれからどの国が伸びてきそうかがよく分かることです。このイベントは、もともと20世紀後半に、冷戦時代の東ヨーロッパやソ連圏、つまり共産主義のグループからスタートして、ものすごくマニアックな問題を出していたという歴史があります。当時、敵対していたアメリカや西ヨーロッパに負けない才能を見つけるぞという意味合いが強かったのでしょう。それが近年では、どちらかというとお祭り色が強くなり、世界中の高校生で競い合う大会へと変わってきました。

 日本でも、その事実上の予選会に位置付けられる大会が開かれていて、僕の研究室にもその大会に出た学生や、国際物理オリンピックでメダルをとった学生が来ていました。彼らは総じて優秀で、物理だけができるというより何でもできる、しかも楽しそうにできる人たちです。こういう若者たちがそのまま伸びていけばいいのですが、日本の研究環境はちょっと心配です。博士号を取っても、その先の就職先がはるかに狭くなりました。特に、役に立たないと思われがちな領域である物理学は、予算も回ってこなくなってきています。この先の世代は日本の大学に職を得るのが難しく、アジアも含めた海外の大学を探すことになるというのが現実的な選択肢になってしまいます。