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科学者としてのあり方とは

 もうひとつお伝えしたいのは、ドイツの物理学者、テオドール・ヘンシュ氏(2005年ノーベル物理学賞受賞)からのメッセージです。

 ヘンシュ先生はノーベル賞を受賞した年の講演のなかで、1枚のイラストをスライドに映しました。柵の中にいる大きなニワトリが力ずくで柵を押し進めて、外にあるエサを取ろうとしています。その柵の外にはヒヨコがちょこちょこ歩いてきて、そのエサを見つけてついばんでいます。これは、科学者としてのあり方を考えさせる図なんです。君は、ゴール・オリエンテッド(goal-oriented:最初にゴールありき)か、キュリオシティ・ドリヴン(curiosity-driven:好奇心で動く)か、と。僕はもちろん、後者です。

©The Nobel Foundation

 前者は、目の前に見えているエサに向かって突き進む。後者は、好奇心が赴くままに自由に動いているうちにひょっこりエサを見つける。ビッグサイエンスは、「新しいあの粒子を発見する」というようなあらかじめ決まったゴールに向かって、とにかく力ずくで柵を押し進める。でも、僕は研究するにあたって最初に目的を考えるようには育てられていないから、目的よりも先に「これ、おもしろいな」と、ちょこちょこ好奇心で突っ走るんです。

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 枠の外を歩き回った先にエサがいつも見つかるかは分からないけれど、ゴールが決まっていてみんなでそれに向かって頑張るよりは、好奇心を大事にする小さなヒヨコが性に合っているし、そういう科学者として生きてきました。

 振り返ってみると、僕は科学者人生の中でいろいろな頼まれごとをされて、それを引き受けてきた。見ようによっては随分と受動的だけれど、絶対に曲げなかったのは「それは自分にしかできないことか、自分が最適任者か」ということでした。そこに「誰もやったことのないことか」という軸が加わり、これまでの仕事が成り立っています。

 人から頼まれることは消極的なことではなく、自分の仕事があるということです。誰もやっていないことというのは、科学者として探索を続けるということ。僕は大きなプロジェクトを仕切っていた時でも、結局、大事にしていたのは「自分にしかできない仕事をしたい」ということに尽きたと思います。それからもうひとつ、僕は「つまらない」と思うことは絶対にやらなかった。

 大きなニワトリの一部になるよりは、なんだか分からないけどひょこひょこエサを求めるヒヨコでいたい。

 このヘンシュ先生の講演を聞いたのは2005年だったけれど、もしも若い時に「どっちがいいですか」と聞かれていたとしても、僕は真っ先に「後者です」と答えていたと思います。