京都・奈良、と並び称されるように、私たち日本人の多くが中学生や高校生のときの修学旅行などで一度は訪れる観光地が奈良だ。奈良には東大寺、唐招提寺、薬師寺など日本を代表する神社仏閣があり、五重塔や大仏は日本人の多くが一度は拝んでいるのではないだろうか。
京都と奈良、観光業での格差
ところが、この代表的な古都である奈良と京都は、観光業という意味では大きな差がある。たとえばホテルマーケットでみると、客室数は京都府が2万5720室(都道府県別12位)であるのに対して奈良は県全体で3860室、全都道府県中46位である(2017年)。
ホテルの客室数が少ないだけではない。稼働率も低いのだ。コロナ前の2019年の県内ビジネスホテルの平均稼働率は60.8%。この数値は全国47都道府県中、なんと最下位だ。いっぽうの京都は80.1%で全国4位、お隣の大阪が79.8%同5位だから、奈良の数字の悪さが際立つ。
私は以前、京都とともに奈良にあるホテルの運営を行っていたことがあり、2つの古都の間を頻繁に行き来した。京都から奈良に向かうJR奈良線を利用するのだが、奈良に到着するまでたっぷり1時間はかかった。車窓は京都の町並みを抜けると、延々と田園風景が続き、特に春先や晩秋などは本当にきれいな風景に見とれてしまい、奈良に到着するころには心はすっかり旅気分で仕事に集中できる状態ではなくなっていたものだ。
宿泊は「そうだ、京都に帰ろう」
急ぐ場合には近鉄特急を使えば、京都から30分強で到着するが、京都と奈良のこの中途半端な距離感は、奈良観光は「京都のおまけ」というイメージを醸成してしまう。一日を観光バスで巡るだけで、日帰りで京都に戻る。どうにも奈良に泊まる、という気分にはなれないのだ。
ビジネス客でも、観光客でも旅の楽しみの一つが食事なのではないだろうか。ところが奈良に泊まるとなると、特にJRの奈良駅周辺にはほとんどお店がない。当時はコロナ禍でもなく、緊急事態宣言が発令されていたわけでもないのに、午後8時をすぎると多くの店がシャッターを閉じてしまい人影も疎らになる。おまけに奈良、と聞いて思い出す名物料理が全く思い浮かばない。奈良漬は有名だが、奈良漬だけでは料理としては心もとない。先斗町や祇園など華やかな京都の夜に比べて奈良は夜の楽しさもない。そうなると奈良でビジネスを終えた私の足は自然と
「そうだ、京都に帰ろう」
になってしまうのだ。あまりに毎回、奈良に宿泊せずに京都に宿をとって帰ってしまったので、あるとき現地のホテルの支配人から
「牧野さん、たまにはお泊りになってくださいよ」
と嫌味まで言われる始末だった。