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2021/04/20

genre : ライフ, 経済, 社会,

奈良の唐招提寺に出かけたのはよかったが…

 この京都と奈良の関係は観光においても同様だ。奈良は京都と違って神社仏閣のそれぞれの距離が結構ある。京都なら散歩がてらのんびり複数のお寺を観ることができるのだが、奈良は徒歩ではどうにもならない。自転車で廻るのが奈良の風にも触れられて楽しいのかもしれないが、天気や季節に影響されるし、高齢者にはやはり奈良はつらい観光地となってしまう。JRと近鉄以外にめぼしい交通手段がないこともネックとなっている。

 以前、奈良での仕事が思いのほか早く終了した私は、京都からの新幹線の発車時刻には十分余裕があったので、つい誰にも相談せずにホテルの下で待っていたタクシーに乗り、

「そうだ、唐招提寺に行こう」

 とつぶやいてみた。

唐招提寺 ©️iStock.com

客待ちのタクシーの姿はなく

 修学旅行以来の唐招提寺に胸躍らせてタクシーを降りたのだが、うっかりそのままタクシーを帰してしまった。肝心の唐招提寺は、当時は「平成の大修理」で大きな蔽いに包まれて期待した姿を拝むことはできなかった。それでもせっかく来たのだからと30分ほど寺内を見学したのだが、程なくして私は帰りの足を全く失っている自分に気づくことになる。寺の前にはタクシーが一台も客待ちをしていなかったのだ。

(写真はイメージです) ©️iStock.com

 当時はもちろんネットもないのでタクシーを呼ぶ手段がない。平日の真昼間の奈良で足を失うと、こんなにも悲惨なものかと思った。田んぼに囲まれた道をとぼとぼ幹線道路の方に歩きながら、この調子では新幹線もアウト、東京での会合にも遅刻、と情けない気持ちが募り、通りがかりのタクシーが声を掛けてくれた時には運転手さんが神様に見えたくらいだった。

 交通の便などにおける立地上の不利や、神社仏閣の配置の不利などが一因となって奈良はどうしても京都観光の「ついで」、「滲みだし」需要しか取り込めてこなかったのが現状なのだ。

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