2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、首相は東京都を含める7都府県を対象に緊急事態宣言を発令、外出自粛の要請を徹底した。街から人が消え、飲食業界は大打撃を受けた。渋谷にある居酒屋『高太郎』もその一つである。終わりの見えないコロナ禍にあって、「高太郎」の店主である林高太郎さんが進むべき未来を決めた理由の一つに常連客のある言葉があったーー。
食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマに取材を重ねてきた井川直子氏は、林高太郎さんに2020年4月26日、10月26日の2回にわたり話を聞いた。同氏の著書『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)から、一部を抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)
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不要不急でも、生きるエネルギーになるもの
再開したのは、2週間後の2020年4月23日木曜です。
店を開けるなら、飲食の営業だけでいくことは前提でした。僕の仕事は作りたての料理を食べてもらうこと。(時間の経過を前提とした)デパ地下のお惣菜やおせちとは違うので、テイクアウトは考えられません。もし持ち帰って味が変わった料理を食べ、「行きたかったお店だったけど、こんなもんなの?」なんて思われたら絶対に嫌ですから。
この店の雰囲気で、僕やスタッフと会話しながら楽しむ料理とお酒、それが「高太郎」。ただし飲食業に許された営業時間は20時まで(お酒は19時まで)ですから、どうするか。しかも10席のカウンターは6名まで、テーブル3卓は2卓・各2名までに絞っていて、一度に入れるのは最大10名。通常の半数です。
そこで、閉店時間から逆算して14~17時/17~20時の二部制にしました。普段の「高太郎」は時間制限を設けていませんし、料理も単品ですが、この期間は苦手な食材をうかがっての「高太郎のおまかせ」のみ。
昨日(27日)までで3日やってみましたが、今のところ早い時間にもかかわらず、お客さんが来てくれています。
「14時スタートってランチの延長みたいで、罪悪感がないね」との声もあったり、「外で食べるのは1カ月ぶりだよ」とうれしそうに話してくれる方もいて、あらためて、飲食文化は人間の営みにとって大切なことなんだなと感じているところです。
映画や芝居もそうですよね。文化というものは、不要不急と言われるかもしれないけど、生きるエネルギーになる。いいものを観た、心の底から感動した。外食で言えば「おいしいもの食べて吞んで、また明日からがんばるぞ!」と湧き上がる活力は、生きていくうえで必要なものです。