「特定抗争指定暴力団」への対策
警察当局やメディアなど、一般社会側の認識としても誤算があったのではないか。それは、2019年夏以降、両組織の傘下組織間では抗争事件が相次ぎ、当局は主要組事務所の使用制限に乗り出した。そんななか、これ以上何かが起きれば、六代目山口組も神戸山口組も「特定抗争指定暴力団」に指定される恐れがあるので、お互い派手な抗争はしないはずだという認識だ。だが、そこには大きな誤りがある。
つまり、ヤクザ業界全体は、「特定抗争指定暴力団」とされることをさほど恐れていないということだ。確かに、指定を受けることで組員への活動制限はより厳しくなるが、研究のうえ対策は練られてきた。そこから導き出されたのは、抗争さえ終われば指定は解除されるというものだ。前例として、九州では「特定抗争指定暴力団」に指定された2つの組織があったが、抗争終結により、その指定は解除されている。つまり、抗争が激化しても、それで分裂状態が解消すればいいという考えがあるのだろう。ちなみに、ヤクザ業界で本当に恐れられているのは、「特定抗争指定暴力団」ではなく、「特定危険指定暴力団」に指定されることだ。これは、一般人に繰り返し危害を及ぼすおそれのある組織に適用されるが、指定された組織は極端にシノギなどの活動をしにくくなる。しかも、相手が堅気である以上、相手を打ちのめすことはできず、究極的にはヤクザ組織に勝ち目はないのが実状だ。
そうした状況から鑑みても、今回の古川幹部射殺は「起きるわけがない事件」とは言えない状況だったのだ。
六代目山口組がこうした過激な動きを見せ始めたのは、髙山清司若頭の出所後からとなるだろう。やはりカリスマが社会に復帰しただけで、六代目山口組の士気は大きく上がるのだ。今後もこうした流れに拍車がかかる可能性は十分にあり得る。どれだけ時代が変わっても、山口組が分裂している現在の状況は、常に緊急事態であり、いつ何が起きてもおかしくないのだ。
この年の2月、筆者がすでに引退された親分と阪神尼崎で飲食をともにしたあと、夜が更けた時分にたまたま古川幹部の自宅前を通った。その時にちょうど自宅マンションから、古川幹部が1人で出てきたのだった。その際、「息子の店に晩飯を食べ行く」となごやかに話しながら、暗がりへと歩いていった。その後ろ姿が、筆者が見た古川幹部の最期の姿となってしまった。