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「“暴力団”はいいけど“反社”とは呼ばれたくない」ヤクザとして生きる男たちの“不思議な本心”とは

『教養としてのヤクザ』より #2

 暴力団排除条例によって、ヤクザの暮らしにはさまざまな制限がかけられている。それでも、彼らはヤクザとして生き続ける道を選択しているのだ。男たちはいったいどんな矜持を胸に生活を送っているのだろうか。

 ここでは、裏社会の事情に精通するノンフィクション作家溝口敦氏、鈴木智彦氏の著書『教養としてのヤクザ』(小学館新書)を引用。ヤクザとして生き続ける男たちの思いを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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法の下の平等がない

鈴木 三代目山口組の田岡一雄組長は、組員に対し、「正業を持て」「法律に触れない仕事を持て」と繰り返し言っていました。博奕は裏の仕事で法律上はアウトだから、土建業みたいな表の仕事を持てと。それで仕事をして税金も納めよと。実際に会社を作って、土建業や飲食業などをやっているヤクザは多くて、税金も納めているし、健康保険料も払っている。正業で儲かっているヤクザは、税務署を怖がっていますよ(笑)。

 しかし、暴排条例はそれさえも否定してしまうわけですからね。

溝口 今はもう警察が正業を認めない。田岡時代とは全然違います。

鈴木 もっとも、ヤクザが住んでいるからといって、電気を止めたりはしないし、水道も止めない。新幹線や飛行機にも乗れる。携帯電話の契約もできる。

溝口 渡航が制限されているわけでもない。

鈴木 しかし認められているとはいっても、本当に最低限の「生存権」(憲法第25条)が認められているだけです。

溝口 今ヤクザに対しては「法の下の平等」が全然ないんですよ。彼らが言いたいことはよくわかる。現状はあまりにも酷い。殴られて、殴られっぱなしになっている。

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 情けないのはヤクザの側で、これだけ突っ込みどころのある暴排条例に対して、ちょっと声を上げただけで、すぐに引っ込めて長続きしないことですよ。

鈴木 長続きしないですね。

溝口 要するに彼らは言い出しっぺだけで、この問題を心得ていない。生存権に関わってくる状況なのに、何もしていないでしょ。もはや末端の組員のセーフティネットは刑務所だけになっている。刑務所に入れば、とりあえず本人の衣食住は保障される。だけど、女房・子供の分までは出ないから、お前らは勝手にやってくれよとなる。だから、離婚するヤクザはすごく多い。上の人間は現状でも食えているが、下の人間は苦しんでいるということです。「法の下の平等」とかもっともらしいことを言うけど、下の人間の生活を見ていないから、生活感がない。

鈴木 言葉が上滑りするんですよね。