ヤクザという言葉を知っていますか? そう問われたとき、多くの人は「知っている」と答えるだろう。しかし、ヤクザと呼ばれる人たちが、実際にどんなことをして、どのように生きているのかについて問われたとき、自信を持って「知っている」と答えられる人は少ないのではないだろうか。それだけ、ヤクザという生き方はベールに包まれている。
ここでは、裏社会に精通し、多数の著書を出版している溝口敦氏、鈴木智彦氏両名による『教養としてのヤクザ』(小学館新書)を引用。現代におけるヤクザの生き方の実態を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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働くヤクザ
鈴木 中国ではナマコは高級食材です。“黒いダイヤ”と呼ばれるくらいで、乾燥させた「いりこ」の形で、キロ15万円くらいで取引されることもある。中国人バイヤーが北海道に大挙してやって来て買い漁ったため、ヤクザが目をつけて密漁天国になったんです。
溝口 ナマコを獲るためにヤクザが直系密漁団を率いているわけでしょう。これほど組織的に行なわれているとは、思いもよらなかった。
鈴木 私は北海道出身なんですけど、どんな田舎にもヤクザはいるじゃないですか。彼らが何をやって食っているのかすごい疑問だったんです。普通に考えたら、シノギがないんですよ。
メディアでは、都市部でデカい金を動かしている暴力団のことばかり報じられて、田舎ヤクザの実態はほとんど知られていなかった。私もそれまで都会のヤクザばかり追いかけていて、田舎のヤクザは盲点になっていたんです。
で、彼らのシノギが何かといったら、海沿いの町では、その一つが密漁なんですよ。歌舞伎町のヤクザと全然違うヤクザが日本の田舎にはいる。
溝口 本来、ヤクザは“働かないこと”に価値がある。彼らの誇りとは、「腰に手ぬぐいぶら下げて肉体労働をしてない」ということですから。肉体労働をものすごく蔑視する。
鈴木 蔑むんですよね。
溝口 昔は韓国人にも、肉体労働をする人間を極度に軽蔑する人がいたけど、日本のヤクザも「おれは大根売ってないぜ」というのが誇り。
伝統的にヤクザ社会のヒエラルキーでは、最下層にいるのが親のスネをかじっている「親依存型ヤクザ」で、その上辺りに「女依存型ヤクザ」とか、アンコ(日雇い労働者)をやっているような「肉体労働型ヤクザ」がいる。警察庁ではそういう分類をしているんですが、密漁をやっているのはまさに「肉体労働型ヤクザ」で、ヤクザ社会では下に見られる。
ヤクザは商売ではないんです。無職なんです。だから、“無職渡世”などと言うわけです。ヤクザはまったく働いていないのに食っていける。そこに価値がある。
それがわざわざ10メートルも海に潜ってナマコを獲るなんて、昔だったら考えられない。だから、密漁がシノギになっているということは、ヤクザが貧窮化して、肉体労働をせざるを得なくなっているということでしょうね。