「文藝春秋」4月号の特選記事を公開します。(初公開:2021年3月25日)
「新書大賞2021」第1位を受賞し、20万部を超える大ベストセラーとなっている斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』(集英社新書)。「マルクス」「資本論」といった“硬派すぎるテーマ”を扱いながら、これだけ今日の読者を惹きつけているのはなぜなのか? ジャーナリストの池上彰氏が著者・斎藤氏(大阪市立大学准教授)に迫った。
「いまだからこそマルクス」の理由
池上 久々に知的興奮を味わいました。こんなに線を引き、付箋を貼りながら本を読んだのは、実にしばらくぶりのことでした。
斎藤 お忙しい池上さんに、そんなふうに読んでいただいて、本当に嬉しいです。
池上 400頁に迫るこんなに分厚い本が読まれていること自体が、おそらく、いまの世相や社会状況を映し出しているのでしょう。今回、編集部から出された対談のお題は「いまマルクスを考える」でしたが、この本を読んで、むしろ「いまだからこそマルクス」という感を強くしました。
斎藤 「マルクスならいまの時代をどう見るか」を描こうとしたので、読者にそのように届いているとすれば本望です。
『人新世の「資本論」』の主たるテーマは、「気候変動問題」だ。しかし、本書の持つ“射程”はそれに留まらない。私たち自身の「生き方」や「働き方」を考え直すためのヒントが満載で、コロナが露わにした、今日の社会の“ゆがみ”も見事に照らし出してくれる。
エリート層で深刻な“労働の疎外”
池上 最近、デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』を読んだのですが、やはり本書でも言及されていますね。
この本で一番印象的だったのは、高学歴のエリートが、端から見ると素敵でオシャレで皆が羨むような仕事をしているように見えても、実は本人たちは、「自分の仕事など何の役にも立っていないのではないか」「これはブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)だ」と意欲を失っている。しかし、とりあえずは高い給料をもらえるから続けている、という話でした。
つまり、本来、労働者は、自分の労働の主人公でなければいけないのに、「労働力の商品化」によって生じる「労働の疎外」が、被支配層だけでなく支配層の一部でも起きている。それどころか、むしろエリート層での方が、「労働の疎外」は深刻なのかもしれません。
斎藤 今回のコロナ禍で明らかになったのも、実は私たちは洋服もそれほど必要としていないし、多くの仕事はテレワークで十分で満員電車に乗る必要もない、ということでした。医療や福祉の従事者、スーパーや小売業界の店員、物流や交通機関、ライフラインに関わる従事者など、生活維持に欠かせない「エッセンシャルワーカー」の重要性が浮き彫りになる一方で、渋谷のスクランブル交差点の広告が止まっても誰も困りませんでした(笑)。