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みんなでつないで勝利を目指せ。復活を期する中日・田島慎二と木下雄介の想い

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/05/09

 今回は、怪我からの復活を目指す2人の選手、そして復活を目指す選手へのチームメイトの励ましの意味を込めた行動について書こうと思います。

 4月9日、昨年、右肘のトミージョン手術を行った田島慎二がウエスタンリーグの公式戦に登板しました。最後に実戦に登板したのが昨年の沖縄キャンプだったので、約1年2ヶ月ぶりの登板となります。

 入団した1年目から中継ぎとして活躍し、8年間で385試合に登板。好不調でファームにいることはあっても、大きな怪我もなく投げていた田島にとってはかなりつらい1年だったと思います。

 試合後、本人は充実した表情で、

「やっとここまで来れたという気持ちです。トミージョン手術を経験した人から1年のリハビリではなかなか回復しないことで気持ちの浮き沈みがあったり、球場に行くのが憂鬱になる日があると聞いていましたが、僕はリハビリがかなり順調にきたので、そういうことはありませんでした」

 と明るく話してくれました。

木下雄介 ©小林正人・中日ドラゴンズ

 実は田島と僕はちょっとした縁がありまして、田島が大学時代から面識がありました。僕が現役時代に通っていた名古屋市内の治療院に田島も通っていて、たまたま隣で治療を受けていたのです。

 2011年のことです。治療を受けながら院長先生を交えて、いろいろプロ野球のことや田島の進路の話をしました。当時からドラフト候補として活躍していた田島でしたが、評価が低かったら社会人へ進もうか悩んでいました。院長先生からどう思うか聞かれたので、僕は「自分がプロ野球でプレーしたいと思っているなら、どんな条件でも絶対プロに入った方がいいと思うよ」とアドバイスしました。

 プロに入るには実力はもちろんですが、その時のタイミングや運も大事になります。大学4年生だった田島が2年後にプロにかかる保証はありませんから、その年のドラフトでドラゴンズが指名したときは僕もとても驚いたのを覚えています。

 現在のドラゴンズの中継ぎは層も厚く、充実していますが、抑えも任された経験のある田島が戻ることで、さらに強力なブルペンになると思います。

「登場曲を木下雄介の『黄金魂』でお願いします」

 田島が復帰登板した同じ4月9日に長いリハビリ生活がはじまった選手がいます。木下雄介です。脱臼した右肩の修復術、そして右肘のトミージョン手術をおこないました。

田島慎二 ©小林正人・中日ドラゴンズ

 ご存知の方も多いと思いますが、木下雄介の怪我は開幕まで1週間を切ったオープン戦最終戦のバンテリンドームでの出来事でした。ほぼ開幕1軍を手中にしていた木下雄介が投球後にマウンド付近でうずくまり、そこから動くこともできないままストレッチャーで運ばれました。自力で歩くことすらできなかったことを考えると、どれだけの激痛だったか想像できると思います。

 2月のキャンプ中、昨年引退した藤川球児さんから「間違いなく良いボールを投げているから自信を持って」と声をかけられ、メジャー帰りの楽天・田中将大投手に面識があるわけではないのに関係者を通じてスプリットを習うなど、本人の今年にかける意気込みは大きかったですし、投球内容にも手ごたえを感じていたでしょう。当たり前ですが、本人が1番悔しいはずです。

 復活へ向けて長いリハビリがはじまった木下雄介へ向けてのエールを送る意味で、大野雄大と福敬登がこんなことを言ってきました。

 大野雄大は「8回のマウンドに上がったときだけ『黄金魂』をかけてほしいのですが」と話してきました。また、木下雄介と同じ中継ぎの福も「登場曲を木下雄介の『黄金魂』でお願いします」と言ってきたのです。

 福が登板時に木下雄介の登場曲をかけるというのはなんとなくわかるのですが、大野雄大がなぜ8回だけなのかということについて本人に聞いてみると、

「あいつが怪我したのも8回というのもありますし、戻ってきて8回を任せられる投手になってほしいという思いです。怪我したときに連絡をしたら『大野さんの投げた後の9回を投げられるようにパワーアップして戻ってきます』と言っていたのですが、9回はおこがましいと思うので(笑)」

 と冗談をまじえながら話してくれました。