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シンジロウ君、ヨシオ君、ユウダイ君……あの頃みんな野球少年だった

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/05/13
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宮津市うまれのヨシオくん

 もうひとりのヨシオくんも、大きく育ったいま、少年野球の指導には熱心だ。なにをするにも常人離れした熱心さをみせるから、宇宙人、と呼ばれたりする。地元宮津市では、ヨシオくんの名前をつけた少年野球の大会まで開かれている。「糸井嘉男杯争奪戦」。

 小3で岩滝少年野球クラブに入団。当時から、打ってよし、投げてよし、走ってよし、の三拍子。いや、チームメートの前で、いきなり腹筋を波打たせてみたり、天然で笑いをとることも多かったから、三三七拍子くらい叩いておいていいかもしれない。

 プロにはいる前から、ヨシオくんはヨシオくんらしさをまっすぐに貫いていた。

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 中学で野球の練習中、ベンチに腰かけていたところ、監督に「帰れ」と叱られ、ほんとうにさっさと帰ってしまったり。

 大学で殴ろうと腕をあげた監督のてのひらにハイタッチしてみたり。

 ドラフト指名をうけ、日ハム関係者と会食のあと、報道陣から「どうでしたか」ときかれ「エビフライ」とこたえたり。

 投手から野手へ、パ・リーグからセ・リーグへ、活躍の場を移してもヨシオくんは変わらない。全力以上で走り、跳べないはずの高さを跳び、痛みをこえ、悔しさをこえ、宇宙をどよもして笑いながら、未来のボールに飛びつき、光速でバットを振りぬく。

 2021年5月9日の打席でも、それはかわらなかった。「規格外」の活躍をつづける大学の後輩に押され、本人の体調もあって、今シーズンは代打のみの出場がつづいていたが、この日はスタメン。ためこんでいた筋肉を波打たせ、チームを勝利に導く勝ち越しホームランを、宇宙の真下、右翼席中段に放りこんだ。

 ヒーローインタビューで、母の日でしたが、考えることは、ときかれ、

「いかにピンク色をそろえるか、考えていました」

 とこたえるヨシオくんは、永遠にヨシオくんだ。

 その母の日、ピンク色に染まる甲子園球場の景色を見やりながら、僕は、ほかのチームのある選手のことをふと思いだしていた。

宮津高校時代のヨシオくん

伏見区うまれのユウダイくん

 京都出身。伏見区うまれのユウダイくんは阪神ファン、とくに新庄選手が大好き。

 地元の修道スポーツ少年団にはいったのは小学校5年のとき。左利き、ということで、はじめはライトとファーストを守った。ドッジボールの球がやたら速いのに監督が目をつけ、ピッチャーに抜擢した。

 いまは絶妙のコントロールを誇るユウダイくん、ところが当時はストライクがはいらない、「ノーコン」投手だった。

 藤森中学2年春の練習試合、3−0とリードした最終回、ユウダイくんはマウンドにあがった。ところが6者連続でフォアボールを出し、同点に追いつかれたところで降板。試合を見にきていたお母さんに涙ながらに「もう野球を辞めたい」と告げるほどショックを受けた。

 が、この悔しさを乗りこえるため、毎日の自主練習をはじめ、3年の夏には京都市大会で優勝。京都外大西に進学し、軟式から硬式へ、やがてプロの道へ。やがて、セントラルを、いや、12球団を代表するエースへと成長をとげる。

 ユウダイくんには、早くから、お父さんがいなかった。おさない日のキャッチボールの相手はいつもお母さんだった。コントロールが定まらないユウダイくんの球を、駐車場で膝を傷だらけにしながら追いかけるお母さんの姿が、いまもありありとまぶたの裏に浮かぶ。

 ユウダイくんが、2017年シーズンから続けていることがある。YUDAI'S MONTHLY INVITATION。シングルマザーなどひとり親家庭の親子ペアを球場に招待し、特製のグッズと、一枚いちまい丁寧に書いたサイン色紙をみずから手渡す。みずからの感謝の輪を、ひとりでも多くのこどもたちの手につなげる。詩人のボードレールがたしかこう書いている。「子ども時代に幸福だったものは、一生を通じて真の不幸には陥らない」。

 みんな野球少年だった。

 凍えそうな朝も灼熱の昼も、頭をまっしろにしてボールを追っていた。

 どんな偉業も、どんな記録も、少年時代、耳もとに響いた声、さしだされたてのひら、笑い合うチームメイトの顔が支えている。

 グローブの匂い、ボールの感触、バットの心地よい重み。手に触りさえすれば、数十年など、宇宙人でなくともかんたんに飛びこせる。今日も、互いに声をかけあい、グローブを叩きながら、グラウンドに散らばっていく選手たち。あんな大きななりをして、いまもかわらずみんな、真っ黒に日焼けした野球少年そのものなのである。

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