人違いによる犯行か
警察は怨恨の線から捜査に入った。夫婦とつながりのあった人物を徹底的に洗った。だが、不審な人物は現れなかった。「アンタたちほど恨まれていない夫婦はいないわ」と刑事が頭を抱えるほどだった。
そうすると、他に原因があったのではないか。たとえば、事件当時、隣家には高羽家と共通の漢字がつく別の苗字の住人が住んでいた。もしかしたら、あまり文字が読めない外国人女性が、その住人と勘違いしたのではないか?
あるいは、事件直前の10月に奈美子さんの母親が北海道から名古屋へ転居してくることになり、高羽さんの住所に住民票を移すことになった。役所から送られてくる郵便物などを受け取るため、表札と郵便ポストに奈美子さんの母親の名前を加えた。それが何らかの原因になったのではないか?
「だから、犯人の動機がまったく分からないんですよ。なぜ、奈美子だったのか。それが知りたい」(悟さん)
事件を風化させないために、現場のアパートを借り続け
事件後、悟さんと航平さんは名古屋市港区の悟さんの実家に転居した。「いつか犯人を現場に立たせたい」「航平のためにも事件を風化させたくない」という思いから、事件現場のアパートを借り続け、すでにその費用も2000万円に上る。奈美子さんが好きだった松田聖子やチャゲ&飛鳥のCDも捨てられないし、カレンダーもその日のままで止まっている。
「私はメディアスクラムには遭いませんでしたが、あるテレビ局の記者との出会いが大きかった。犯人によって人生をメチャクチャにされたからと言って、泣いているところを撮らないでほしい。犯人を喜ばせたくないから、笑っているところを撮ってほしい。その思いを汲んでくれたことです。『最初に遺族のコメントをもらってこい』と競わせるのではなく、遺族が一生付き合いたいと思うような記者が評価されなければなりません」(悟さん)
悟さんは現在、殺人事件の被害者の遺族でつくる「宙(そら)の会」の代表幹事をしており、他の未解決事件の遺族らの活動も支えている。
愛知県警は2020年2月5日から1年間、捜査特別報奨金として、犯人検挙や事件解決に結びつく情報提供者に300万円を支払うと発表した。今年2月5日には、その期間が1年間延長された。
白昼堂々、刃物を持って人家に侵入し、負傷した手から血を滴らせながら、数百メートルも住宅街を駆け抜けた中年女。もしかしたら、もっとも解決の可能性が高い未解決事件かもしれない。