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教室の窓から学年全員が罵声を浴びせてくる

「先程話した通り、男子が1クラス6人なので、僕がイジメのターゲットになると、いきなり1対5になるんですよね。圭くんと●●が僕をイジメ始めると、誰も僕の味方にはまわらない。最終的に僕は常に1人の状態。そのうち隣のクラスの男子も『あいつがやってるなら俺らも』と混ざってきて。それでだんだん(イジメをする子の)母数が増えていったんですよね。だから僕は最終的に休み時間とかはできるだけ人に会わない場所に逃げていました。

 僕がよくいたのが図書室だったんですけど、学校の中なのですぐバレるわけですよ。漫画を読んでいたりすると僕に気付かれないようにそーっと入ってきて、僕が座っている(机から)棚を挟んだ向こう側のところでなんの歌か覚えてないんですけど、僕の悪口を並べた替え歌というか、単純に悪口をメロディーに乗っけて歌ったりとか。校庭でサッカーなんてした日にはみんなすごいんですよね、教室の窓から学年全員が顔を出して僕に対して罵声を浴びせてくるとか」

国立音楽大学附属小学校時代 ©文藝春秋

――学校側は止めたりしなかった?

「もちろん途中で自分の母親に相談しました。相談というか、『学校行きたくない』って言ったのかな。それを聞いた母親が一体どうしたんだってことで、それで発覚したと思うんですよね。僕がイジメられているということが。それで母親は、担任の先生に連絡ノートでどうにか処置をとってほしいと言ったと思うんですけど、僕のクラスの担任の先生は何もしてくれなかったです。本当に何もしてくれなかった」

――イジメが頻繁になったのは、圭さんのお父さんが亡くなった後ですよね。

「そうですね、亡くなった後ですね」

――小学何年生のとき?

「4年生か5年生だったと思うんですよね」

――イジメられた期間は1年~2年?

「そうですね。今思い出すと、そんなに長いこと(イジメが)続いていたんだなって思うくらいです。1年もよく学校行っていたなって自分で思います」

小学校時代の小室圭さん(国立音楽大学附属小学校の卒業アルバムより)

「(再婚を)やめてくれ」圭くんが感情を爆発させて泣いた

――小室さんのお母さん、佳代さんは再婚を考えていた?

「圭くんが“おじさん”って呼んでいる男性がいて、その人が(圭くんの)お母さんと一緒に行動していたのはすごいよく覚えています。確かヒゲ生やしていて、少し白髪のダンディーなおじさんという感じの人で。(圭くんの)お父さんが亡くなってからすぐ、わりとそんなに時間が経ってないときに(圭くんの)お迎えでお母さんがその男性といらしていて、その男性が最近出入りをしているらしい、という話をうちの母親から聞いて、『あ、そうなんだ』と。圭くんのお母さんいわく、『圭もすごく男性のことを気に入っている』とうちの母親に話をしていた。圭くんもその男性が家にいるときは態度を良くしていたみたいで、結構遊んでもらったりもしていたみたいです」