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ファウルフライ落球、そして――

 話を2002年10月10日のあの試合に戻そう。

 キャッチャーマスクをかぶって松井さんを真後ろから見ると、打席で感じるスイングがとにかく速い。8回裏に1点ビハインドで松井さんを迎え、対するピッチャー五十嵐さんの調子も良く、球速もキレも良いのでファールが続く。

 そして、問題の4球目。1ボール、2ストライクから五十嵐さんは僕がミットを構えた外角高めに149km/hのストレートを投げ込むと、ファウルフライが三塁側に高く舞い上がった。

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 ん? あれ!?

 捕るのは俺だ! 高っ!

 ここら辺かな?

 あれ!? 落ちてこない! 

 もう少しベンチよりか?

 あっ! あ~~!

 ファウルフライが打ち上がった直後を振り返ると、そんなふうに感じていた。そして――。

 ポトッ。ボールは、ネット際まで追いかけた自分の後ろに落ちた。

 落球。その瞬間、球場が歓喜の盛り上がり。

 うわー、やっちゃったー! それがあのときの率直な心境だ。

 日本中の注目が集まる場面で、あんなミスを犯した。だから西武ライオンズ時代に、北京オリンピックで落球したG.G.佐藤さんの気持ちが少しわかります(笑)。

 あの松井さんのファウルフライは、それまで経験したことがないほど高く上がった打球だった。自分が思っていた落下地点に行っても打球が落ちてこなかったので、その先のベンチ寄りまで深追いしてしまった。

 元西武ライオンズでOBの金村義明さんが、後にとあるテレビ番組で「米野の名誉のために言うと」と前置きして、こんなふうにおっしゃってくれた。

「あれは天井に当たってるよ。(打球の軌道とは)全然違うところに落ちてきている。(ボールを見失うのは)デイゲームではあるとしても、あの試合はナイターでしょ? あの打球は凄いスピンが効いているから」

 金村さんはそんなふうに僕をかばってくださったが、かなり高く上がったのは事実だけれども、天井には当たっていません。お気遣いありがとうございます(笑)。

 試合後には、球界を代表する名捕手・古田敦也さんに期待を込めた厳しい指導をいただきました。ありがとうございます(笑)。

 そんな後日談もある僕のミスで松井さんの打席は続き、いよいよ6球目。五十嵐さんはアウトコースに渾身の150km/hのストレートを投げ込む。

 対して、松井さんはとんでもないスイングスピードでバットを振り抜いた。僕は最初「見逃した」と思ったら、そこから松井さんはえげつないほど速いスイングでボールを捉えたのだ。

 キャッチャーをやっていて、後にも先にもそう感じたバッターは松井さんしかいない。ピンポン球のように、まるで右バッターが引っ張ったような打球がレフトスタンド一直線に突き刺さった。

 僕は、唖然とするしかなかった。

松井の「未練なき」野球人生に貢献!?

 20年近く経った今、改めて当時のことを振り返ってみると、あのキャッチャーフライは捕れなくてよかったんだなと思う。落球する運命だったんだと。

 直後、松井さんの50号が生まれたからだ。落球をそんなふうに感じさせられるほど、偉大な野球選手だった。

 2002年、ジャイアンツはセ・リーグ優勝。日本シリーズで対戦したのは、パ・リーグをシーズン90勝で制覇したライオンズだった。頂上決戦ではジャイアンツが4勝0敗と圧倒的な強さを見せて日本一に輝いた。

 1992年のドラフト会議で長嶋茂雄さんが松井さんをくじで引き当て、監督としてジャイアンツの4番に育て上げた。松井さんは2003年からメジャーリーグの名門ニューヨーク・ヤンキースで活躍。

 そして2013年には2人揃って国民栄誉賞を受賞した。そんな偉大な方々と同じ場所で野球をできたことを誇りに思う。

 甲子園で存在を知ってから10年後、プロ野球という同じ舞台で対戦するとは! 憧れていた当時、そんなことは想像できなかった。

 数年前にテレビ番組で、松井さんが「引退後に、野球に対する未練はあまりなかった」と仰っていたのをたまたま見た。自分の落球も、もしかしたら貢献できたのかなと勝手に思っている(笑)。

 今回の文春野球コラムは交流戦の最中で、普段とは異なる対戦相手と戦う機会だ。僕の担当はちょうど対戦相手がジャイアンツで、あのプレーと松井さんの50号を思い出した。

 シーズンの限られた時期だけに行われる交流戦では、選手も普段とは違うことを感じている。今日6月1日、ライオンズがジャイアンツと対戦する舞台はくしくも東京ドーム。今晩テレビで試合を見て、僕はやはりあのプレーを思い出すのだろうか……(苦笑)。

 2年ぶりに行われている交流戦は残り2週間。読者の皆さんも、普段とは異なるカードを存分に楽しんでください。

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