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連載春日太一の木曜邦画劇場

田中邦衛の陰陽の表情が作品の空気を決めていたと気づく!――春日太一の木曜邦画劇場

『網走番外地 決斗零下30度』

2021/05/17
1967年(88分)/東映/3080円(税込)

 田中邦衛が亡くなった。

 多くの方はテレビドラマ『北の国から』のイメージが強いだろうし、モノマネされる時も、基本的にはその時に演じた芝居がベースになっている。だが、忘れてはならないことがある。それは、彼が映画においても素晴らしい仕事をしてきた役者であったということだ。

 田中邦衛は、娯楽映画史にその名を残す名シリーズの多くでレギュラーとして重要な役割を果たしている。主人公のライバル役で沸かせ続けた『若大将』シリーズ、親分に媚びる小ずるいヤクザを演じた『仁義なき戦い』シリーズ。

 一方で『網走番外地』シリーズでは、高倉健の演じる主人公・橘真一の弟分的な相棒「大槻」を演じている。時にコミカルに、時に人情味豊かに。その千変万化の芝居は硬質な芝居の高倉健と見事なコントラストを形成、本シリーズを日本映画史上でも屈指の賑やかな楽しさに満ちたアクションたらしめる上での欠かせない存在になっていた。

 本シリーズは一作目を除き、橘が網走刑務所を出所して立ち寄った先で事件に巻き込まれ、悪を斬り、再び刑務所に戻る――というのが各作品に共通したパターンになっている。その中で大槻は、時に刑務所から橘を見送り、時に出所した橘を出迎え、その度にほんわかした空気を劇中にもたらしていた。

 が、今回取り上げるシリーズ8作目『網走番外地 決斗零下30度』は、いつもと同じと思ってかかると驚かされるだろう。そして、それはまさに田中邦衛に因るものなのだ。

 出所した橘は乗り込んだ汽車内で一人の少女と出会い、北海道の雪深い炭鉱の町に送り届けることになる。そして、その少女の父親が大槻だった。

「アニキ!」いつも通り、目いっぱいの笑顔で大槻は橘との再会を喜ぶ。だが、何かが違う。その表情に陰が漂っているのだ。そのため、いつもの温かい空気が流れない。

 町は悪辣な炭鉱主(安部徹)とその子分(田崎潤)に牛耳られ、鉱夫たちは過酷な労働環境を強いられていた。大槻も、そんな炭鉱で働く一人。抑圧に忍従し続けてきたことで、明るい顔なんてできないのだ。笑顔の裏に澱んだ暗さを田中邦衛がちょっとした横顔や視線の中に見事に表現。作品全体を覆う、本シリーズでは珍しい重く殺伐としたタッチの源とすら感じられた。

 しかも、大槻にはその後に悲劇が待ち受けているのだ。その際に田中邦衛が見せる芝居が、とにかく痛切。シリーズの他作品における田中邦衛の明るさと比べてみると、いかにこの名優が作品全体の空気を決定づけていたのかを実感することができるだろう。

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