昼の接客はなぜつらいのか?
いちばんつらかったことは他にある。夜の仕事を体験したことのない者には想像もつかない苦労だ。
「いままで昼に働いたことなかったから、最初は昼の接客にくたびれ果てて。しらふの人が怖くって、対人恐怖症になりました。18からこの世界にいるから。いろんな人と付き合ってきたつもりだったんだけど、よく考えたら飲んでる人しかつきあってない。(飲み屋では)『いらっしゃいませ』使わない。『こんばんは』しか言わない。だから、最初は『こんにちは』って言ってたんだけど、気持ち悪いじゃないですか。
それで、『いらっしゃいませ』って言うようになったんだけど、はじめて気づいた。『いらっしゃいませ』って言葉に応答する客はいない。みんな完全に無視して、ショーケースをにらむ。こっちはむかつくし。だめなんだよね…。だから、お客さんから声をかけていただくまで、こちらからは一切声をかけないって決めて、後ろ向いてましたね。こちらが声をかけちゃうと、ゆっくり見たくても、見れないだろうし」
冷蔵ケースの向こうは道。壁のない店は町とつながっていて、さまざまな人が行き過ぎるのは、ちょっとした見物。普通に壁のついている店がもったいないと思えるほど。ときにはこんなこともあった。
「向かいの空き地だったところに猫が捨てられてたんです。穴の中に猫を突っ込んでいる。かわいそうなんだけど、マンションだから飼えないし。えさ与えてたんですけど、だんだん寒くなってきて、このままじゃやばいなと思ってたら、八百屋さんが『じゃ、私飼うわ。2匹も3匹も変わんないから』」
サンドイッチを売りながら、はらはらして見ていた猫は救われ、森谷さんはほっとした。
「猫が好きなわけじゃないんだけど、かかわっちゃったからしょうがないんです」
四谷三丁目に「Bar Dress」の移転先が見つかった。2坪の空間でサンドイッチを売る日々に別れを告げ、やっとバーの主人に戻る。
「今月のどっか。もういっかなってところで。何日かは決めてません。最後の日、人がいっぱいきてもめんどくさいし。さくっと夜逃げするかのように(笑)」
ドレスのテイクアウト店3年4ヶ月の総決算は、森谷さんにとって甘いものなのか、苦いものなのか。
「わかんないですね…でも、失敗したとは思ってない。前の店がずっとつづいていれば、いらん苦労しなかったかな、というのはあるけど。楽しかったは楽しかったです。こんなにいっぱい働いたことないですから」
「僕はすごく鈍感で感じないタイプだけど、最後の日シャッター閉めたらじわじわくるんじゃないでしょうか」
ドレスのテイクアウト店
東京都渋谷区 桜丘町15-19 1F
090-4418-4745
日曜休み
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写真=池田浩明