渋谷駅南口を出て歩道橋で246を越えたところ。渋谷区桜丘町にわずか2坪のサンドイッチ店がある。開店は6時。タバコ屋みたいに路上からやりとりして買うスタイル。サンドイッチを並べた冷蔵ショーケース越しに、男がたったひとり背中を向けて立っている。テイクアウトだけの店かと思えば、狭い狭い内側に客を招き入れ、酒を出している。3、4人も座れば満席。もちろん、つまみはサンドイッチ。なぜこんな不思議な店が、渋谷のど真ん中にあるのだろう。
店主の森谷義則さんは、もともと渋谷3丁目で「Bar Dress」を10年間営んでいた。そこに、2020年に向けた「渋谷駅南街区プロジェクト」が降って湧き、移転を余儀なくされた。
店を失った森谷さんは、飲食店でアルバイトをしながら、移転オープンに向けて物件を探した。でも、いまの渋谷は個人で店を借りるにはあまりにも家賃が高すぎた。そんなとき、知り合いの不動産屋から「おすすめはしないけど、おもしろい物件があるよ」と言われて見にきたのが、いまの場所。
「畳4枚。最初はやめようかなと思ったんですけどね、家族会議して『1年だったらなんとかなるんじゃないの』ってことになりまして。バイトやるよりもいいだろうぐらいの気持ちではじめたんですが、3年半経っちゃいました」
「サンドイッチ屋もたいへんですよ」とぽつり
私も最初はサンドイッチをテイクアウトするだけだった。森谷さんと話ながら中で飲んでいる人たちが楽しそうだなーと思いつつも、一歩足を踏みだすことはできない。これは取材なんだと頭を切り替えて、恐る恐る切り出す。座って飲みはじめると、居心地のよさに立ち上がれない。森谷さんの人柄。決して多弁でも、ことさらおもしろおかしいことをしゃべろうという人でもない。でも、なぜか話したくなる、そしてまた来たくなる。
「サンドイッチ屋もたいへんですよ。暑い日もあるし、寒い日もある」とぽつりと言う。それはそうだ。ドアもなく、ビニールカーテンひとつで仕切られた空間に、昼も夜も立ち続けていたのだから。
「いまは夜だけになりましたが、昼をやってた頃は朝から晩まで働いてましたね。かみさんは5時から仕込みを目一杯。僕は朝8時から夜中の2時まで。でも、自分で決めたことだから。ブラックもいいとこですよ」
と、苦労を共にした妻の身体を案じながら言う。そんな森谷さんを見て、支えようとする常連客たちがいる。
「こんなには食べられないだろうというぐらい買ってってくれる人がいたり、無理矢理ケータリングを突っ込んでくれたり」