高輪に世界一のパン屋を夢見る男がいる。ブーランジェリーセイジアサクラのオーナーシェフ、セイジアサクラこと朝倉誠二。
彼のパンは過剰である。たとえば代名詞といえるバゲット。粉と水と酵母と塩という最小限の材料で作るパンゆえに、味わいの濃度の上限は決まっているはずだが、アサクラの手にかかるとそうならない。まるで油を塗って焼いたみたいに甘いし、コンソメ味のように旨味は濃厚。そして発酵種(いわゆる天然酵母)がフェロモンのように香ってくる。ありとあらゆる手を尽くして食べ手の心に誘いをかけ、揺さぶり、鷲掴みにする。アサクラのパンからは、彼の情熱と野望がびんびん発散されている。
四国で生まれたアサクラは、15歳でパンを仕事にし、21歳で自家培養発酵種の店を片田舎で立ち上げる。がむしゃらにパンを焼きまくり、行列のできる人気店に押し上げた。
でも、アサクラはそんなことでは飽き足らなかった。
「世界の中心で自分の実力が知りたい。『俺がどこまで通用するの?』」
コネクションもアポイントもないまま、世界一のパンの町、パリへ飛んだ。働かせてくれとパン屋を訪ねども訪ねども門前払い。
「いいかっこうしてないと信用してもらえないなと思ったから、スーツ着て革靴履いて『働きたい』って言ったら、『いいよ』って言ってもらえた。そしたらいきなり、コックコートに着替えて、革靴のまま仕事をした」
修業先の一軒はエリック・カイザー。「メゾン・カイザー」というブランド名で日本でもおなじみだろう。彼はルヴァン・フェルメントというマシーンを開発。職人の勘に頼っていた神秘的な発酵種(ルヴァン)作りを、世界中どこの店舗でも同じ品質でできるシステムへとイノベーションした。
アサクラはエリック・カイザーの放つオーラに打ちのめされる。
「カイザーは、時代が生んだ、飛び抜けた人。パンの世界で天才は誰かと言ったらエリック・カイザーだと思う。パンを革新し、前に進めた。あの人と働けたのは、僕の誇りです」