「文藝春秋」5月号の特選記事を公開します。(初公開:2021年4月30日)
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みずほフィナンシャルグループ(FG)の坂井辰史社長は、今年度に予定していた全国銀行協会の会長就任を辞退した。システム障害を受け、これまでは会長就任を「当面」見合わせるとしていたが、2月末から頻発したシステム障害の再発防止を優先すると辞退を申し出た。
みずほFGは3月31日に、システム障害を巡る一連の経緯や再発防止策をまとめた中間的な報告書を金融庁に提出。坂井社長は4月5日記者会見を開き、「システム障害に係る対応状況について」と題する原因分析資料を公表した。今後、第三者委員会「システム障害特別調査委員会」等による調査・提言を踏まえて最終報告書をまとめる意向だ。
だが、みずほ銀行は発足直後の2002年、東日本大震災直後の2011年3月にも大規模システム障害を起こしている。何故、みずほだけがシステム障害を繰り返すのか。その原因は報告書には表れようのない合併の深層に隠されている。
日本のSEが“蒸発した”と言われるシステム
“みずほ”という名称は万葉集の「豊葦原の瑞穂の国」からとられている。みずほ銀行は日本そのものを表象する銀行という意味である。実際、みずほ銀行は上場企業の約7割と取引を持ち、約2400万の個人口座を誇る巨大銀行だ。「資産規模トップの第一勧銀」、「実質的にトップバンクであった富士銀行」、「天下国家を体現する興銀」の3行が統合して誕生した。それぞれ頂点を自負する3行が一緒になったことで、皮肉にも内部の主導権争いは、長くみずほの宿痾となっていく。
その象徴が3行のシステム統合であった。銀行は装置産業である。基幹を司る勘定系システムは、第一勧銀が富士通、富士銀が日本IBM、興銀が日立製作所製だった。どの銀行のシステムをメインに据えるのかは3行の力関係を反映する。
だが、「MINORI」と称された最新鋭の統合システムは、「三菱UFJが日本IBM、三井住友がNECを中核にシステム統合したのに対し、みずほは日本IBM、富士通、日立製作所、NTTデータのマルチベンダーの4社体制を活かして統合した」(みずほ銀関係者)。
システムの主導権を3行とも譲らなかったわけだ。結果、開発・移行作業は複雑化し、総投資額は4000億円超、開発工数推定35万人月まで膨らんだ。「システムのサグラダファミリア」と揶揄されるほどだった。「MINORI」のために日本のSEが“蒸発した”との逸話も残っている。
「One MIZUHO」のスローガンの裏には……
システムの主導権を巡る確執は、3行の人事抗争と裏腹の関係にある。
「システム障害は、個人取引を中心にするみずほ銀行で起きた。同行を地盤とする旧第一勧銀と旧富士銀行人脈が責任を負い、ホールセールを担った旧興銀人脈が浮かび上がった」(みずほ関係者)というわけだ。
経営方針を司る持株会社FGのトップには佐藤康博氏、坂井辰史氏と興銀出身者が続けて就いた。佐藤康博氏が社長時代に「One MIZUHO」のスローガンを掲げたのは、そうした3行の融和を強く意識した表れに他ならない。