自分をがんじがらめにすることから始めたい
撮影が実際に始まるまでにはさまざまなことをインプットしていかなければと思います。歌舞伎は古典ばかりでなく新作や長い間上演されなかった作品を復活させることもあるのですが、自分はそうした折に心がけていることがあります。それは古典を紐解く、ということ。現在、形として残っている古典の演出がなぜそのような形になったのかルーツを探り、先人が辿った道を自分も一から辿っていくのです。
その過程には結果として選択されずに現在は行われていないやり方も存在します。そしてそこには必ず理由がある。そうしたことをきちんと調べもせずに安直に進めてしまうと、同じ轍を踏んでしまう。また自分で考えて斬新だと思ったアイディアが実は別の古典の作品ですでに先人たちがやられていた、などということもあるのです。
『鬼平』という歴史ある作品においても同じことが言えるのではないでしょうか。ですから、祖父や叔父が通ったであろう道はすべて通る覚悟でいます。そうやって自分をがんじがらめにすることから始めていきたい。やがてそこから解き放たれる時が来たら、時代劇でしかできないことは何かを本気で突き詰めていきたいと思っています。
時代劇というのは単なるジャンルではなく、ドラマにおけるひとつの表現方法、演出だと自分は思っています。それを形にするにはたくさんの人の力が必要で、『鬼平』には最強のスタッフがいてくださいます。その中で自分は自分がやれることを最大限にやるのみです。撮影に関わる全ての人が存分に力を発揮できる環境が整えば、必ずや多くの方々に楽しんでいただける傑作時代劇ができる。そこは信じて疑いありません。いつの時代、どんな状況にあっても『鬼平犯科帳』で描かれる普遍的な物語は、人々の心を動かす力を持っているのですから。
劇場にお越しくださる、また配信をご覧くださる方々はもちろんのこと、信頼するすべてのスタッフへの思いを込めて五代目となる長谷川平蔵を十代目松本幸四郎として演じていくつもりです。
(取材・構成 清水まり)
●『鬼平犯科帳』は2023年に映画を1作品と連続シリーズ5本を撮影、2024年に映画公開と同時に連続シリーズの配信が予定されています。
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(まつもとこうしろう 1973年、東京都生まれ。二代目松本白鸚長男。79年、『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台。81年、『仮名手本忠臣蔵七段目の大星力弥ほか七代目市川染五郎を襲名。2018年、高麗三代襲名披露公演『壽 初春大歌舞伎』で十代目松本幸四郎を襲名)