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現場はある意味、怖い場所でもある

 1979年に歌舞伎座で初舞台を踏んだ幸四郎の、松竹京都撮影所での初仕事は、1989年新春に放送された12時間ドラマ『大忠臣蔵』だった。九代目幸四郎を名のっていた父白鸚が主役の大石内蔵助を演じた作品で大石主税を演じたのである。以後、やはり父との共演で勝麟太郎を演じた『父子鷹』(1994年)、主演作の10時間ドラマ『竜馬がゆく』(2004年)、前述した『鬼平犯科帳スペシャル』、風采の上がらない天文マニアの平戸藩士を演じた『妻は、くノ一』(2013、2014年)などで撮影所を訪れている。

『大忠臣蔵』で大石内蔵助が祇園で遊興に耽るシーンは、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』に相当します。その演目で自分は七代目染五郎を、父が九代目幸四郎、祖父が初代白鸚を襲名しました。ですから物語には馴染みがありました。ひとつ大きく違ったのは歌舞伎では女方が演じる仲居さんが女性だったことです。普通に考えれば当たり前のことに違和感を覚え、ドキドキしたものでした(笑)。

 それから三十年以上が経ち、その間にいくつもの作品を通して撮影所の皆さんにお世話になりました。監督さんはもちろんのこと、照明さん、衣裳さん、床山さん、大道具さん、小道具さん、関わっているすべての方々それぞれがどうしたら作品がよくなるか常に考えていらっしゃる。自分の存在は作品のためにあるという姿勢で臨まれるお仕事はまさに職人芸です。そういう方々が結集した現場はある意味、怖い場所でもあり、そのおかげで自分は役者として鍛えられました。

松本幸四郎さん ©深野未季/文藝春秋

歌舞伎とはまた違った映像ならではの立廻りを

 これから始まる幸四郎版の『鬼平』は2024年5月に劇場公開される映画と、配信による連続ドラマ5本が予定されている。脚本は大森寿美男、監督は映画を杉田成道、ドラマは山下智彦という布陣だ。

 映画は叔父も撮られていますが、配信というスタイルはこれまでの『鬼平』にはなかったことです。令和になって一気に普及した新たな伝達手段を通じて、より多くの幅広い層の皆さんにこの作品を知っていただけたらと思います。映画も配信も6作品すべて、そのひとつひとつを大切に鬼平になりきることに集中していきたい。

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 杉田監督とご一緒するのは初めてですので非常に楽しみです。クランクインまでにしっかりと勉強して、どんな状況でも対応できるように万全の準備をして臨むつもりです。山下監督は『妻は、くノ一』、『陰陽師』でもお世話になっていて、情熱的でありながら繊細なお仕事をなさる方というイメージがあります。信頼できる大好きな監督さんと長谷川平蔵として再会できるのは非常に幸せです。

 それから楽しみにしているのが立廻りです。というのも時代劇で最近演じた役には、刀を使う場面がほとんどありませんでしたので。歌舞伎とはまた違った映像ならではの立廻りを思う存分やってみたいですね。馬の扱いや江戸弁のせりふなど含め、平蔵に必要とされる技術を磨いて取り組みたいと思います。