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2021/06/08

source : 文春文庫

genre : ライフ, 読書, 社会, 医療

反対尋問

 法廷は、被告の代理人である佐藤憲一弁護士による反対尋問に移った。

 光は驚いたような顔をしていた。反対尋問があることは知らなかったのだ。

 私は、被告が書面で主張している「母体保護法の精神から言って、そもそもダウン症を理由に中絶することはできなかった」ことを立証するための尋問になるのだろうか、とその尋問を待っていた。

 しかし佐藤弁護士は、被告は原告に謝罪をして誠意をつくした、ということを立証するための尋問に終始したのである。

 例えばこんな調子だ。

「それでは、天聖君が亡くなった後、遠藤は弔問に来ましたか?」

「どこにですか、おうちにですか?」

「あなたのおうち、もしくは他でも結構なんですけれども」

「はい、来ました」

「その際に、香典を持って来ましたか」

「はい、持って来ました」

「それから、その時、何か覚えていませんか。香典だけではないということのようなんですけれども、持って来たものを覚えていませんか」

「なんでしょう……そのときの記憶はちょっと……」

「奥さんの話だと、もちろんお花も持って行ったと、いわゆる供花ですね。それからさらに、生まれたときに奥さんが、まあ、いずれ退院したときにお使いになるだろうということで、ベビー服、それからタオル、これもまあ」

写真はイメージ ©️iStock.com

 佐久間弁護士が「異議あり」と立ち上がった。

「奥さんがそういうものを贈ったというのは、どこに基づいて話しているんですか」

 佐藤弁護士は答えた。

「奥さんの話を私が聞いているものですから、そういう記憶があるかないかを確かめているだけです」

 光は頭を小さく左右に振った。

「記憶はございますけれども、私は一応、大人として、受け取りたくはなかったけれども受け取らせていただきました。でも、使用はしておりません。悪いけど捨てました」

 佐藤弁護士はこれを受けた。

「使用はできないよね。そういうものを持って来たということは間違いないですよね」

「そうですね」

 私は、佐藤弁護士の「使用はできないよね」という言葉の意味を考えていた。誤診をした医師からの贈り物など使いたくないという意味だと当初は思ったが、天聖は生きて家に帰ることができなかったのだ。ベビー服もタオルも使う機会なんて、そもそもなかったのだ。そう思い至ると、何気ない言葉が残酷な意味にも感じられた。